【閲覧注意】「ゆ虐」というジャンル

…という話題に関して書くのは非常にセンシティブにならざるを。
一つは、自身の嗜好のあり方が問われる事、もう一つはこのジャンルの閉鎖性とでも言うか。
炎上するリスクを犯してまで記事にする事か?なんだけど。
しかしながら「作品」として見た場合、なかなかに興味深いし面白い作品も多いのも事実かなと。
…とは言うものの、このブログの全ての投稿の中で、この投稿がそこそこの閲覧割合を占めているみたいなので、ちょっとビビってますが(この投稿はゆ虐創作じゃないですよー)。
各サイトのコメント欄にこんなの書くと真っ先に制裁対象になりそうだけど、自分のブログに書いてるので見逃して欲しいなぁと。
その様な理由から、本文、作品へのリンクはしません。
Web検索すれば比較的簡単にヒットすると思うので。
「ぷぷっ、ゆっくりできないにんげんのまつろだね、あわれあわれ」
「これだからくそにんげんはゆっくりできないかとうせいぶつなのぜ」

創作小説、その3

たまぁに「ゆ虐創作小説を書く創作者って、どんなヒトなんだろ?」と思う。
と言っても勘違いされると困るので補足すると、例えば将来文筆業を目指しているのか、それとも、ただ単に趣味の一環なのか、という意味で。
自分には創作はできないので余計にそう思う。

四点程。

  • 昔の話になるが、宮本常一などによる「日本残酷物語」という作品を読みふけっていた時期があり、全体を通じてどよーんとした空気感で何とも絶望しか感じないのだが、その様な作品がゆ虐創作小説に多い気が…「日本残酷物語」ではどよーんとした中でも足掻き藻掻き逞しく生き抜く、みたいな一分の希望を抱かせる作品もあり、ゆ虐創作小説でもたまぁにそういう作品もあるが
  • 厳密には違法?某所で飛行機事故の原因究明に取り組んだドキュメントを見ていて、余程の事で無い限り、事故の原因は複数の要因で引き起こされたケースが多く、誰か一人なりに責任を負わせれば良いというモノでも無く(仮にそのケースでも何故それを行ったのかを追求する)、様々なフェイルセーフをくぐり抜けてしまった結果、大事故に繋がっている気がして、つまりはゆ虐創作小説でも、誰か一人・一ゆんにだけに責任を帰するのもそれはそれで面白いけど、そうではなく、登場人物・ゆん物全てが良い所もあれば悪い所もあり、積み重ねの結果悲劇(喜劇)を招く、というのも好きかなぁと
  • ゆ虐に感じる気持ち悪さって、子供の情操番組のセンテンス(まぁそれはそれで毒をオブラートしているとは思うが)でありながら実に露骨に悪趣味な事を描いているという二律背反を読者が上手く咀嚼できない…のが普通だと思うし、できたからと言ってもなぁと2016年末、何十周年かの記念で制作された人形劇を見ながら
  • 今更になるが、作品とそのコメントをメインに見ていて、掲示板などでの様々な考証などにはほとんど目を通していないので、かなり的外れな事を言っている可能性が高い

および、敬称略、ネタバレ注意。

Table of contents

  1. 1. 「ある庭の一年」(金玉爆散あき)
  2. 2. 「まりさの庭」(探検隊あき)
  3. 3. 「れみりゃと朱い月の紅魔館」
  4. 4. 「ふらじーる」
  5. 5. 「孤児上がりのまりさと星のバッジ」
  6. 6. 「あたまうんうんあき」の作品
    1. 6.1. 「野良が居なくならないワケ」
    2. 6.2. 「素人がブリーダーになるまで」
  7. 7. 「ゆっくり保護施設 ゆっくり園の一日」
  8. 8. 「あんよ焼きまりさのしあわせ」
  9. 9. 「冬の街の小さな“生物”」
  10. 10. 「悪魔は天使の姿を借りて現れる」(ほしあき)
  11. 11. 「試し飼い」
  12. 12. 「お姉ちゃん・・・なのだから」
  13. 13. 「モヒあき」の作品
    1. 13.1. 「転がるゆっくりにカビは生えない」
    2. 13.2. 「すかたらいつ!」
  14. 14. 「黙りなさい」(いずみあき)
  15. 15. 「ただしまりちゃ、テメーは駄目だ」(乾燥あき)
  16. 16. 「ゆっくりの正しい飼い方」
  17. 17. 「地域ゆっくりの物語」(ポッキーあき)
  18. 18. 「れいみゅ、いちばんっ!」「『とかいは』かつ『しあわせー』な子育て」
  19. 19. 「2リットルの天秤」
  20. 20. 「帰宅途中に ひろった」(かすがあき)
  21. 21. 「まりさの人類撲滅大作戦」(炎上あき)
  22. 22. 「しるしあき」の作品
    1. 22.1. 「紙芝居」
    2. 22.2. 「子捨て山」
    3. 22.3. 「冬の明日」
    4. 22.4. 「甘い夢」「夢現」
    5. 22.5. 「リセット」
    6. 22.6. 「ありすの不思議の国」
    7. 22.7. 「しるし」
    8. 22.8. 「彼岸花」
  23. 23. 「震えて眠れ」(地獄ドライバーあき)
  24. 24. 「ゆっくりの飼い方」(トンネルあき)
  25. 25. 「契約とその代償」
  26. 26. 「金バッジの意義」
  27. 27. 「勝手に子作りしたれいまり一家が虐待されるだけの話」

「ある庭の一年」(金玉爆散あき)

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タイトルからして「おっ」となり、内容も当然それに充分に見合った「やっぱりこうだよねー」な。
例えば庭から小鳥のさえずりが聞こえてきたからと言って、それらの出自や行く末を気にするかと言えばその様な事も無く、余程の害を与えられない限りは好きにさせる…も何も積極的に関わらない訳で。
とは言えゆっくりが人語を解する事、行動が人間のそれを極限化して模倣しているから、そこに余計なバイアスが掛かるのも仕方無いかなぁと。
この作品ではその日常を描くと共に…までは幾多の観察系で見かけたが、更に独居老人の見張り役として(大袈裟に言えば)IoTとゆっくりを活用した日常にまで踏み込んでいる点が興味深い。
しかもこのゆっくりが、希少種とはいえ孫の家に居る番のひとゆんだちしたおちびなのもポイントで、いい意味でしっかりと躾けられてきたんだろうなぁと思わせる。
一方で作品全体を通じて描かれる犬小屋を取り巻く旧態依然…も何も、本来のゆっくりも居るという、そこに差別は無いが人間への有益度に対して区別はする、無益だからと言って殊更貶めたりはせず、一方のゆっくりも「過大な」要求を人間に突き付けず、というある意味で人間とゆっくりの「優しい世界」がここにあるんだなぁと。
それにしても越冬は民家の庭、犬小屋があるとはいえ庭の雑草が無くなるので越冬は無理なのか…

「まりさの庭」(探検隊あき)

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某ゲームで自分もよく単種多頭飼いするが、その飼い方に割と近い印象で、飼う側が特定の個体に対して執着しないと言うか。
そういう面から天国へぶんではなく避難所へいぶんという表現はしっくり来るなぁ…ヘテロでない個体を除き、そのまま居着いても伴侶を得る事もできず間引かれたりするので、ダメ元で再び野良に戻る、というのもまりさ種だからこその飼い方?だなぁと。
その影で他の種やまりさ種でもゲス個体を相当数間引いているみたいだけど世知辛い事を言えば、幾ら間引いたり自然淘汰されてるとは言え、野良を保護して放流?している事になるが、どこか愛すべき馬鹿っぽいまりさ種なので真面目に論じるのも失せると言うか。

「れみりゃと朱い月の紅魔館」

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近頃(2016年秋以降)、希少種・捕食種をただ単に上げ・下げした作品ではなく、生態や境遇を描いた考察ネタが多く、なるほどねぇと納得させられる事が多いなぁと。
まぁホント、人間の都合に振り回された挙句の肉饅頭どもにはごめんなさい、としか言えないけど。
ところで夜中にマンションのベランダで小児程度なのかなぁ、胴付き肉饅頭をボコしていたら隣の住人が気味悪がって(ベランダの区切りは防音は加味してないんじゃ)マンション管理組合に苦情が行くか、通報されそうな。
それとバードストライク…肉饅頭ストライクの可能性は十分考えられるかなぁと。

関係無いが、捕食種が地域ゆを担う作品って無いなぁと…胴付きふらんが街ゆとして描かれた漫画はあったけど。
ゴミ掃除は別として、野良を制裁する同族殺しの汚名を着させられたりのプレッシャーに押し潰される位だったら、それを是とも非とも思わない捕食種はどうなんだろ、とか。
とか考えたけど、希少価値の高い捕食種、幾ら公共の財産と喧伝した所で盗んでいく不届き者も居るだろうし、捕食種の代表格であるれみぃやふらんが人間の言う事を聞くのかどうか、あるいはそこまでアタマが回るのかどうか。
そこで位置的にはけんじゃぱちゅりーの立ち位置にさくやを置くのはどうかと考えたが、そうなると地上で生活をせざるを得ず余計に不届き者に狙われやすくなるし、希少種故に入手が困難で高額なのもネックか。
(まぁそれ以前に希少種・捕食種が絡む作品は非常にデリケートな問題を抱えるけど)

「ふらじーる」

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それぞれの登場人物・ゆん物の思惑が見事に絡み合っていないのを見事に絡み合わせた作品だなぁと。
途中、「おちびちゃんはとってもかわいいんだよ!」展開か?と思ったのだがそうではなく。
特に、れいむが足りないまりさに執着してるのとは裏腹に足りないまりさの実の母親への執着の展開は見事だなぁと。
一方で、姪っ子まりちゃが野良落ちした理由と、そもそも御寧惨がおちびちゃんるーむを作っている理由が描かれていないのは、ちょっと気になった、と言うか、終盤駆け足っぽい気がした。
しかし…そこそこ善良そうなのに、いきなり銅バッジ出荷で「え?」となったけど、なるほどねぇ…ブリーダさんの見立ては凄いわ…

で、ここにぶら下げるのもちょっと違う気もするけど、改めてゆっくりの言う家族って「ままごとかぞく」だなぁと、何処かのコメントで見た気もしたけど改めて。
私が結婚もせず子供も居ないのは、子供の成長を見守る以上に、子供を育てる過程における挫折やその他モロモロ、妙な言葉で言い換えると将来の子供へのボラタリティが許容できそうにないので踏み込まなかったし、仮に子育てに失敗してもやり直す訳にも無かった事にする訳にも行かず…
たけど、ゆっくりはその辺、すぽーんと飛び越えて、だからからなのか、さくっとじゃぁ次、みたいな、たかがゆ虐で人生語るなや俺。

「孤児上がりのまりさと星のバッジ」

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加工所…ではなく委託業者による一斉駆除の最中においても、(誰も期待していないにせよ)一致団結して逃走・闘争する事も無く、仲間割れ…どころか加工所の駆除以上にエゲツない制裁してるのが実にゆっくりの群れの最期らしいなぁと。
例えば、駄菓子屋襲撃の提案があった時点で、そのゆっくり「だけ」が始末される、という餡子脳全開なのが何ともだが、一斉駆除を未経験なら仕方無いか。
あるいは、駄菓子屋の婆さんや孤児まりさにしてみればマッサージであっても、群れのゆっくりから見れば人間を制裁しているという、物事の二面性というか立場によってものの見え方が全く違う面白さと言うか。
その発端が(言いがかりに近い…も何も言いがかりだが)公園の枝を定期的に伐採している事、駄菓子屋の婆さんの愛誤に通じる危うさのある仏心、なまじ弁が立つだけに如何ともし難い…とも言い難いか…生き残って欲しかった気もするもりけん、孤児みょんが孤児まりさに責任をなすりつけた事、増長した孤児まりさなど、誰か一人、もしくは、ゲスのいちゆんに責任があるのではなく、みんながそれぞれに少しづつ引き金を引いて挙句に自滅しているプロットが絶妙。

「あたまうんうんあき」の作品

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「野良が居なくならないワケ」

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えっと…HENTAIタグの方ですよね…虐待鬼威惨とは別の属性の…
全部読んでないけど特に「あかゆプレイ」はドン引きと言うか、まりさに同情してしもうたけど…あと、コメントに妙に具体的な数値が載っててワロタ。

本作はどれだけ駆除しても撲滅できず、その結果、「ゆっくりは生えてくる」の一言で済ませられてしまう一斉駆除から群れの再構築と繁栄、そしてまた一斉駆除、改めて群れの再構築始まる、といった流れを「あーこの群れ、絶対あかんやろうなぁ…」が何時始まるのかワクワクはしなかったかなぁ、そのプロセスを描いている…HENTAI要素薄めで。
一斉駆除を逃れた個体では群れを運営できないので、野良落ちした個体をスカウトしたりとナルホドなぁと。
そしておそらくは長ぱちぇりーの親やその親の代もそうやって餡を繋いできたのだろうなぁと。
で、思うのだが、一斉駆除において、駆除の最優先はぱちぇりー種に絞った方が良いのではないか、更には平時にぱちぇりー種に限って駆除した際は慰労金を支給するなどと思ったりも…とは言え、そこそこリーダーシップが取れるまりさ種、まさかのおかんれいむが残る可能性もあるが。
また、作中そう仕掛けたのだろうけど、どうしてもゆっくりに同情してしまい、加工所職員の弁に論理性を見い出せないのが何とも。
でもなぁ…特に人間とは関わないこの群れが一斉駆除に遭わず仮にそのままを維持、繁栄したとしても、結局は三代目…数年後にゲスの増加で自滅や人間にケンカ売りそうな予感もするのが何とも微妙なトコロでもあり、ゆ虐の創作小説を乱読しているが故の悲しい性だなぁと。

「素人がブリーダーになるまで」

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なるほどプラチナを目指させる事で現状に満足させずゆっくりを増長させない方法か。
個人的にはこのれいむはダイヤの原石だった気が…もっともそれは人間にとってダイヤという希少価値の高い個体であって、という意味で。
なので去勢されていないれいむが番やおちびを今は欲しないのは、おちびの教育をする事で十二分に代償行為になっている気がするし、何よりお姉さんに恩義を感じていたり心頭しているためだと思うが。
試しに何度かゆっくりらんなり公園で散歩させてみて、さてどういう反応を示すのか興味はあるにはあるが、何となく普通に優秀な子育てをするんじゃないかと思う一方で、医者の不養生みたく教育者としては優秀でも自分の子供はそうとも言い切れない事(例えば私)も多々あると思うので何とも。
一方のまりさは何と言うか…ご愁傷様です、としか言えず、多分こういうのが普通な気がする。
それをゲスと言うのならそうだろうけど、その一言で切り捨ててしまうにはちょっと可哀想な気が。
まりさの場合は鬱積した不満が最悪の形で爆発したとしか思えず、まだまだ飼育・教育方法によっては去勢しても問題が生じない個体は存在するのではないかと思うが、すべからく一般論にまで適用できるとは思わないが。
その辺は、ブリーダーさん…お姉さんのポリシーによるので何とも。

「ゆっくり保護施設 ゆっくり園の一日」

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山野をゆっくりの楽園にするのは否定しないけど、わざわざ個体数確認(間引き)、健康チェック、ゆっくりに見つからない様に野菜を撒いたりと人間の介入度合いが多過ぎる気が。
これがゆっくり以外の動物で絶滅危惧種だったら分かるけど、どちらかと言うと撲滅指定種とでも思われているので余計に違和感が。
銅バッジ取得はその施設の固有の資産である事を示すという意味では賛成、と言うか申請で即OKというレベルという前提だけど、それ以上をイメージしていると相当数のゆっくりが振り落とされる事になると思うが、となると果たしてそれはゆっくりしているのかなぁ。
自分としては、ゆかびだろうが、食料が足りなくなるまで産めよ増やせよだろうが、ゲス無双だろうが、ゆっくりには一切介入せず、適度に人間がストレス…ヒャッハーを与える…究極のカタチが「ほんとうのしあわせ」かと思うが、人間に対する恐怖心を植え付けるのもアリとして、更には群れに対して人間が一切介入しない自滅までも含めて「愛でる」、言い換えると観察するのだったら分かるが。
いわゆる「愛誤」の本質がそこにあるのか考えた事は無かったが、これだとゆっくりに幸せになってもらいたい、もらう以上に、人間側のゆっくりに対しての「施し」でゆっくりを幸せにするという使命感の方が強過ぎて、それが人間同士だけでならばともかく、ゆっくりに対してもそれを強制するという、敢えて安易な言い方をすれば「ゆっくり教」以外の何物でも無いよなぁと。
ただ…だからと言って他の種に対して無慈悲になる、攻撃的になるという、虐待人間を非難する思考や思想はあっても仕方無いとしてもそれがアジテートなり行動として表に出てこず…出て来た訳ですがそれはともかく、ひっそりやってる分には「まぁ…こういう考え方や行動もあって良いんじゃない…自分には無理だけど」に落ち着くとは思う。

「あんよ焼きまりさのしあわせ」

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これは…凄いな…ディテールが生々しくてイライラよりも固唾を呑んで読んでたわ…
酷い言い方だけど、バブみの哀れな末路とでも言うか、自身の不幸をすべからく他者に求め恨んで呪って罵って生きる、それ自体心の平静を保つ意味で不健全であれ間違いでは無いと思うけど、何事も過ぎたるは猶及ばざるが如しというやつかなぁと。
近頃だと例えば「誰のためのリハビリテーションなのか?――障害という経験を哲学する / 稲垣諭 / 現象学、システム論、リハビリテーションの科学哲学 | SYNODOS -シノドス-」あたりを参考とか?

いきなりだが「死を受け入れるまでの第五段階」(キューブラー・ロス)に従えば、第二段階(怒り)でまりさは停滞していた様にも思うし、少なくとも第五段階(受容)までは到達できていない…ただし、本作は野良では死に等しい状況の障碍ゆとは言え、飼いゆという比較的「死」に遠い立ち位置のお話なので、この説を当てはめて筆を進めるのが正しいのかどうか…
自分も大昔に読んだ西村寿行の小説でチラッと知った程度で実は今、マズローの欲求五段解説に似たこの説を初めて調べたので作品を読んでいる段階では、「まりさに妥協できる能力があればなぁ」とか、お姉さんの厳しさの方向性が間違いでは無いと思うがリハビリやバッジ取得であり、終始一貫して体罰を伴う躾がなされていないのが何ともで。

当初まりさは、はっきり自覚していた様に思う一方で、虐待の結果放置されたまりさに体罰を与える事が良いのか悪いのか…確かに効果てきめんだろうが、一方で幼児退行化の恐れもあるので私には何とも言えないが。
そしてバッジ取得やリハビリで第三段階(取引)まで持って行くには行くが、そこで待っているのは、公園デビュー・ゆっくりらんでの洗礼であり、つまりは上げ落しでの第二段階への逆戻りなので沈み具合…第四段階(抑鬱)は余計に酷いと思うが、そこから起死回生の、では無いと思うが、番・おちびを持つというどう考えても事態を余計に深刻化させているとしか…
後はもう、健常なゆっくりでも、否、健常なゆっくりだからこそ困難な子育てを片親が障碍ゆんでの場合を丹念に描いているのが何とも…何とも「ままごとかぞく」なんだよなぁ…
今更だけど仮に健常な番の場合でも、飼いゆの父親役はかりさんに行く必要が無いので不要な存在だなぁと思わなくもないのに、子育てのサポートもマトモにできず、親の威厳も示せず、示したら示したで子供じみた事故じゃあねぇ…
これが足焼きされたのがれいむで母親役だった場合は、もう少し何とかなったのかもしれないが。
そして進退窮まったまりさは、こじつけではあるが、第一段階(否認と孤立)に逆戻りで、自慰行為に耽るのが何とも生々しくも納得できてしまうのが…
で、ここまで育てた挙句に偽善者呼ばわりか…そう、まりさにとっては「ここまで育てた」ってのは余計なお世話以外の何物でも無かったんだよなぁ…

ありすの境遇には同情はするけど「まいにちおそなえしてあげてね!」ってのはどうなんだろ…子育ての当事者意識を全く感じず、お姉さんの責任だとばかりのこのセリフに激しくイラッと来たけど。
トドメがげっとわいるどした家族にまで何食わぬ顔で、再び飼いゆに戻れると確信しているという。
この行動が引っかかったけど、少なくともありすはバッジを棄てて家出してないんだよなぁ…お姉さんはそうは思ってないので登録抹消したけど。
おちびまりちゃに至っては、野良が如何に過酷なのか全く分かっておらず悪い意味で純粋過ぎて、あの状態ではお姉さんの問いに、お姉さんの望む答えは決して得られないだろうし、そして結果的にはお姉さん、御寧惨よりも更にどす黒い何かを持ってしまったのは不幸、とも言えるし、まりさに慈悲を与えなかった出会う前の状態、つまりゆっくりにとってはゆっくりに無関心である方が良かったと言う、何ともな結末で。

しっかしまぁ。
本作にある他の愛で派飼い主は、何とも理不尽な気もするが、例えば金まりさを降格させたりと厳しい一面も持つ気がしたが、対してお姉さんは、分を弁えてお世話される分には天使の様な…ダメ男製造機みたいなお姉さんだが、果たしてあの飼い方で良かったのだろうかと…なのだが、結局はタラレバなのでなぁ。
お姉さんが紛いなりにもリハビリやバッジ取得といったまりさの自立をサポートする方針だったのは良かったと思うが(その過程の食事内容や躾は大いに疑問があるし、結果として、まりさに余計に深いキズを与える事になるが)、お姉さんがゆっくりのどんな我儘や罵倒も耐える事では無く、まりさ同様、感情を爆発させてでも乗り越える、だったら良かったのになぁと思うのはお花畑か…
ならばせめて庭で飼って…お姉さんがマンション住まいなので無理かと思うが、お互い過干渉しない仲、まりさがまりさ自身で問題点を克服する…前にお姉さんが手を出す、まりさが諦めて自暴自棄になる気もしなくはないが、だったらもう少し何とかなったのかなぁ。

および、もう二点、本作では興味深い視点を示しているのでメモ程度に。
一つは、まりさがすぃーを使って健常ゆんを負かしてしまうといった、障害者スポーツにおける健常者を上回る記録を出す事に関する点。
もう一つは、飼いゆの番のおちびが実の親の番以上に、飼い主に懐いてしまう可能性がある点。

でもまぁ、(全てを)他人のせいにして生きていくのは、それはそれで楽な生き方以上に、精神的な自己防衛の一種だと思うわ…

「冬の街の小さな“生物”」

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出だしで「えーゆっくりって文字書けるの?」だったけど、こういうのは好きだわ…
ゆっくり自身が勝手に身の上話を語る習性も手伝って、ゆっくりに全く干渉しない観察視点だけでなく、所々に挿入される専門家の解説が実にもっともらしく、野良に孤児まりちゃが多い理由や番まりさが干からびる理由、過大評価されている赤ゆ・子ゆに対して過小評価されている成体ゆ、などなど、実にそれっぽいなぁと。
物語の進行上、第三者的な語り部が不在なので仕方無いが、まりさに棄てられたれいみゅ・足りないれいみゅに関して、まりさが不倫先の家族の元に帰るのではないので、この二ゆんをどうやってここに運んだのか…ではなく、先に家族を引越しさせたのかと。
および、最後の章のまりちゃに生前何があったのか、何故に棄てられていないのか…何とも不気味に映るが、生と死がお互いに干渉する事無く同時進行で存在する事を描くための演出?
しかしまぁ幾ら足掻いても結局は最期に平等に不平等になるとは言え、地獄の悪鬼の如く、同族喰いが遥かに霞む程の動物の糞や人間の嘔吐物さえ喰ってでも生き残ろうとする生への執着心というかバイタリティーは凄いなぁと。
そしてその様な環境に順応したのがいわゆる「ゲス」であるとするならば、そりゃそうだろうなぁ、究極的な貧すれば鈍するの状態で、一致団結してみんなで少しずつ痛みを分け合ってでも生きましょう、という発想に切り替えるのは難しいかもしれんなぁと。
他ゆんを蹴落とさないと幾ばくかの生き残る確率がゼロになり、更には他ゆんを蹴落とす事でゆっくりできるという達成感・満足感も得られ、そして生き残ったゲスい個体がその調子で人間に接するのでマイナスを遥かに振り切る状態になるのだろうなぁと。
また、「おちびでゆっくりする」という、当事者達にとっては後先考えず子育て以前の段階にインセンティブ(=ゆっくり)が無いと全滅不可避だろうから、後は野となれ山となれの孤児の大量発生、そしてすぐに忘れて、じゃ次産もうというポジティブに切り替える素早さ、人間の側から見ると不謹慎で大迷惑だが、ゆっくりの種としての生存戦略としては、意外と賢明な思考かもしれないなぁと改めて。
それで思い出したけど、TVを見ていて野鳥やペンギンのある種は、子育て(外敵からの保護)とエサ取りを番で交互に行っていて、そこだけは悪しき?人間の習性…と言っても過去の一時期、景気が良かった頃のある種合理的だったが今それは全く機能しない役割分担を踏襲しているなぁと。
それはともかく、うん、飼うのは無理だわ…

「悪魔は天使の姿を借りて現れる」(ほしあき)

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以下、ネタバレもありこんな駄文読まず、まず作品を読んでみる事をお勧めします。

当初、手の込んだ事をする鬼威惨も居るなぁと思ったがそうでなく。
まりちゃが蟻に喰い殺され、「それだとこのゆカビの循環が途絶えないか?」と思ったが、そうではなく。
で、物語冒頭の鈴の音に連なる、と、上手く複線張ってるなぁと。
この作品の初出が年末なのにまるで秋を連想させる「鈴の音」みたいな書き出しで変だなぁとか、一直線の傷や皮だけ残す、という意味が分からなかったけどナルホド、割と良くあるタイトルに思ったけど、確かにその通りだわと。

ただ、自分の中でイマイチ分かっておらず、ゆカビとおくるみだましは共生関係にあるのかなぁとか変な認識していた。
なので今一度おさらいすると、おくるみだましはゆカビを仮に第一形態とすると、これは主に他の生物により拡散されるがコチラの行く末は作中描かれていない。
一方で仮に第三形態である鈴(土鈴?)が糞饅頭にはとても魅力的に映り、鈴に付着しているゆカビを通して糞饅頭に侵入する事で、第二形態であるおくるみだましに突然変異する。
そして糞饅頭本体を支配して鈴・ゆカビが繁殖しやすい様な場所へと移動させて、他生物(蟻)の助けを借りて第三形態に変異する。
つまり、糞饅頭から見ると、侵入経路が通常のゆカビからの直接侵入、および、鈴を通じての侵入の二通り存在するのだろうかと。
となると、おくるみだましは生物としては結構複雑な循環方法かと思ったが、今後の進化の過程でもっと最適化されてどちらか一本に絞りそうな気もしなくは。

さすがにゆカビはDNA?レベルで危険だと認識しているだろうけど、防疫意識が行き届いている群れ…なんてのがあるのか無いのか分からんけど、そういう群れだとこうにはならなかっただろうなぁと。
と言うのもあるし、逆におくるみだましが群れを死滅させても…まぁ他の群れに辿り着くまでそこら中を胞子が漂ってる訳か。

あーあと、まりちゃは相変わらずまりちゃだった。

「試し飼い」

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一回1,000円で確率5%のガチャみたいな?
何と言うか、食用・躾無し赤ゆの格安パック、もしくは、数万円で金買った方が、と思ったが後者の場合、銀程では無いにしても明らかに分の悪過ぎるギャンブルとも言えるので何ともだが。
と言うか、妹は本気で心配してるのかと…こんなの押し付けられても口下手が悪化するんじゃ。
で最後、まぁ、アレが普通かと思います。
某ゲームだとどの種も同様にもるんもるんしてるので、まりさ種だけ、とは行かないけど。
例えばの話、このぱちゅりーの言動そのままのまりちゃ、あるいはその逆だったらどうなんだろ?
やっぱり「あれ?」になるのか。
ところでぱちゅりーの赤ゆ時代の描写って、渋の某漫画以外見た事読んだ事無いので新鮮だった。
背伸びしてる子供みたいで妙に微笑ましいなぁ…しかし何処かで見た記憶が、ああそう言えば「毒気の抜けた妖精さん」だわこれ。

「お姉ちゃん・・・なのだから」

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以下ネタバレ含む。

本文前の長いエクスキューズで「いやいやそこまでご謙遜せず」となって、進まないスクロールバーの位置に驚きつつ、オチは読めなかったが「何かある」、(義理)姉妹の親子関係でアタマがこんがりそうになりつつ、ナルホドねぇ…と途中、寝落ち数回挟んで。

主人公に関して、例に出すのは良くはないと思うが連想してしまったので敢えて出すが、某帝都氏の主人公よりは好感が。
アチラは甘々なシーンがとても苦になって飛ばし読みしていたが、コチラはそれも物語の重要な一部を占めるので読まざるを、ではなく、アチラは野良と飼いゆの格差を思い知らせるためであったのに対し、コチラは飼いゆ間の格差を思い知らせるためでもあるし、何より(結果的には典型的なゲスを演じていた)れいむにこの先に襲い来る上げ落しを期待して…は見事に裏切られる事になるが。
および、主人公目線で話を進行させるためなのか、判定士という職業に加え、一級という超難関をくぐり抜けたエリートのみに許されるであろう良くも悪くも泥臭い一面も見せる事で、特にさなえに対する絢爛豪華で綺羅びやかな(舞台)装置を演出するための「お金」を工面している事に説得力を持たせたのかなぁと。
例えば親の莫大な相続を受け継いだ道楽でゆっくり、でも成り立つとは思うが、それだと登場人物の横の広がりも持てなくはないにしても。
と言うか、場合によっては白を黒と恣意的に判断して見返りにお菓子を貰える様な職業、実際こういうのあるのかなぁ、属人性廃してAIに置き換えようぜとまでは言わないが。

れいむに関しては、途中物語に絡まなくなるまではいやマジでピキピキだったが、主人公がコチラ寄りに振れず、れいむの罵倒を結構楽しんでいたのが救いだったと思う。
…改めて読み返してみると、主人公も初対面で何か違うと直感では感じていたのだなぁと。
そして怒涛のどんでん返しで、何だろ…化けの皮が剥がれた後のれいむのセリフ、これがぱちぇりーだったら全く違和感が無かったが、だからと言ってぱちぇりーがゲス化したとしてもあの様な振る舞いをせず、別の振る舞いをすると思うし、ぱちぇりーだとゲス化のバリエーションが少ないのでれいむであるのが妥当なトコロか。
そしてタイトルに繋がる訳で、これはれいむの想いだったが、一方でさなえの想い…と言うよりも呪詛に近い自身への言い聞かせなのかなぁと。
言い方が悪いけど、さなえは生存の快適性に関してそれまでの低位が普通だったが高位に矯正せざるを得ないにしても、良くも悪くも飼い主に従って振る舞っていただけで、れいむは本ゆんが後は野となれ山となれというゆん生観だったとは言え飼い主に何時何時制裁されても仕方無く、本ゆんも意識的に真逆のゲスを演じていたので、かなり精神的にしんどいのではないかなぁと思う。
しかしそれでも敢えて言うと、個人的にはどうにもこのれむは好きになれなかった…文句無しのプラチナ級で凄いとは思うけど、彼女よりもプロ意識に徹した歌姫れいむの方が好感が持てる…
という事を考えると、プラチナ級のれいむは、おかんれいむの凄いやつ、というのがしっくり来る気もするし、一方でゲスを演じるこのれいむみたいなのもそれはそれで存在価値があるのだろうか、とか。

作品全般に関しては、詳しくは存じないが例の影響で分割投稿を避けたのが災いしている気がする一方で、分割するにしても、直接物語の進行には不要なパートも出てきそうな気もするし。
一つの投稿作品として、不要なパートを丸ごと削るにしても前後関係・因果関係を見直す必要も生じるので、ナカナカ判断に困る…強いて言えば後日談として小出しにするとか?
しかしながら、まとめてどかんと投稿してもらったのでそれはそれでありがたい…妙な通り名を頂戴した某絵師さんの事例を鑑みれば…
気になったのは、変な所で強制改行されていたり(Mac+Chromeだと全角相当でデフォルト?が最大53文字)、読点が無い箇所、誤字かなぁと思うが、コレだけ長いとどうしても仕方無い気も。

と、的外れで妄想乙なのだが、自分の中ではいわゆる「帝都メソッド」以来の新たな潮流の到来か?とも。
上手くは言えないが、明らかに「帝都メソッド」に漂う無常観とでも言うか、それとは違い今作では、単に文字列として得られる情報とは別の次元で明らかに何か違う毛色は感じる。
なので、作者さんは本来コチラ寄りの方と言うよりも、前説での雰囲気から察するに本業は別のジャンルの方がこのジャンルに乗り込んで来た、具体的には、このジャンルを勉強して知り得た知識を総動員して自身の本来持つ確固たる表現手法を使い腕試しした、みたいにも感じた…もしかしたら多くの作者さんもそうなのかもしれないが。
例えばコメントでもある様にエロゲのシナリオっぽい気もするし、読まないから何ともだがラノベっぽいのかもしれない。
つまるところ、作者さんは他ジャンルでも充分に影響力を与える力量を持っていると思うので、本業もこの調子で精進して頑張って下さい、でもたまにはこのジャンルにも顔出して下さい、と言ったエールを。

「モヒあき」の作品

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「転がるゆっくりにカビは生えない」

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登場するゆっくり達に対する視線というか眼差しが非常に優しく、まるで本当にあった出来事の様に感じられた。
例えば街や森の群れや掟が、それぞれの環境に応じてその群れを維持していく上で意味のある存在であり、それらに立脚したそれぞれの登場ゆん物達の言動が非常に説得力があり、生き生きしているなぁと。
ところでまりさは人間を非常に脅威だと感じ同時に凄く憎んでいるのに、コメントにある様に、仲間が減っていく原因は、すいーで轢かれた妹まりさ以外、殺し合いか番になる以外の選択肢が無い、まりさと同じ野良との絡みというのが皮肉めいている。
そして辿り着いた森のゆっくりプレイス、生活基盤の差異から生じるどうしようもない価値観の相違が何とも衝撃的な一方で、これは個々の群れを超越した種としての掟でもあるので納得できてしまうのが何ともやるせない。

「すかたらいつ!」

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うんうん奴隷の浄化という第三次十字軍遠征成功と来て、奴隷が居なくなった後は通常の一般種同士が因縁付け合って自滅(この小説ではこのケースに近いが)、もしくは数を極端に減らして群れの再興かなぁと思った。
と言うか、身内を奴隷に貶めるという手っ取り早い行為よりも、未だ見ぬお野菜さんの方が魅力的に映ったのかなぁと。
それ以前に第三次の時点で、叛乱する個体が出てくるかなぁと内心ワクワクしながら読み進めたが、まりちゃの最期でそれは全くの期待外れだと思い知る事に。
いずれにせよこれらの場合だと、人間側にとっては何とも有り難い話であるが。
そして第四次十字軍は全ゆん死亡のため…もっとも仮に畑に辿り着いても同じ結末以外にあり得ないが、後世に歴史として伝わらない(伝わっても鑑みない種ではある)ので、残念ながら。

親による子殺しはゆ虐では当たり前だけど、ゲスという属性を与えられてない親(まりちゃに対する風当たりはかなりゲスいが、まぁそれが普通なんだろうなぁと)による意図的な堕胎はあまり聞いた事が無い気が。
何かもぉここまで来ると、奴隷の始祖が通常のゆっくりとは言え、通常のゆっくりとは別の環境下で生きている、思考も行動も微妙に違う、なので枝分かれした別の種としてカウントした方が良いんじゃないかとさえ。
例えば、個体群密度と関わりのある(Wikipediaの記述が興味深い)「相変異」、これで説明できるのは一般種の移動行動であり、奴隷種の発生と繁栄?は関係は無い気も…言い換えると、相変異により攻撃性が全面に出て、見果てぬ理想郷への大移動やうんうん奴隷を攻撃するのは分かるけど、うんうん奴隷の発生への疑問は残るけど。

お互いのコミュニティがうんうんを提供する側と受領する側という、一般種の側が蔑んではいるが制裁する事も無く、うんうんだけを通じた繋がりのみに終始しているのが興味深く、個体群密度の上昇によりまりちゃ探検隊でなくとも何等かのきっかけで、いずれうんうん奴隷への攻撃が発生するのだろうね。
しかしそれやっちまうと、今度は一般種がゆっくりできない状態になりそうなものだが、それを避けるため、内なる攻撃性が外に向かう…って結局結論は同じやん。
でまぁこのヒエラルキー、街の野良と地域ゆに通じた思考様式みたいな気がしてきた。

また、この群れとは全く別の、ドスまりさの群れも同時期に移動を開始しているが、それを相変異で説明できるとは言え何故に同時期なのか…結構頻繁にこの習性が発現していて、たまたま偶然?
そしてまりちゃの最期が何と言うか…目の前の尺取り虫にパク付くでも無くうんうんを待っている姿や懺悔してる姿に、骨身まで奴隷根性が染み付いてるのが何とも哀愁を…誘わない。

しかし妙に冷静な読後感で、うーん、何だろ…ゆっくりが自前で奴隷持って勝手に自滅する、特に際立って生態系に迷惑を掛けない以上、勝手にやって(そして自滅して)、ではある。
例外的には、トノサマバッタみたいに壊滅的に農作物に被害を与えると話は全く別になるが。
とは言え、NHKの生き物のドキュメントでは絶対放送できない内容だろうね。
確かに自分もゆっくりの便に対する習性から、フンコロガシを連想した事も無くは無かったけど、ここまで昇華して作品に落とし込んだ筆力に脱帽。

ところでタイトル、調べて初めて分かったけど、60年代のスカバンドのバンド名なのな。
この作品とどう繋がるのか、あるいは別の意図があるのか不明だけど。

「黙りなさい」(いずみあき)

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少し前のトレンドだったら、まりさとれいむの立場が逆だったのかなぁ。
あるいは例えば、最初のケース、ぱちぇ・ありす・みょん・ちぇんのいずれか、次のケース、まりれいの番、これだと個人的には物凄くしっくり来るなぁ、でも今作の様なシンプルなパターンも良いねぇと。
それにしても、ただただ単純に五月蝿いまりさやねぇ…最期の方は漫才…自爆芸にしか見えず、相手してる人間さんの根気が凄いなぁ…自分だったらこのやり取りを2・3回でアウト…キレて制裁だわ。

「ただしまりちゃ、テメーは駄目だ」(乾燥あき)

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これ、れいみゅでもまりちゃでも、概ね結論は同じだっただろうね。
とは言えやはりここはまりちゃの出番だろうね、仕方無いね。
お兄さんが、野良家族をそれとなくそそのかす事で、降りるという選択を与えず自分の土俵(自宅)に上げ、増長からの飼いゆ要求(いつもの)、内輪揉めからの自爆(いつもの)、一ゆん残った増長度Maxの末っ子れいみゅ(ゲス気質)も加工所逝き、もしくは衰弱死が予想されるという、伝統芸とでも言うべき流れる様な美しい展開、まるで実家の様な安心感、親の顔より見慣れたナントカだった。
途中、お兄さんの帰りにあまあまを持たせる発言とまりちゃに冷水を浴びせるのに「?」だったけど、ナカナカなワザマエで。
結局お兄さんは、野良を一時自宅に入れる、コップ一杯の水をまりちゃに浴びせる以外、野良家族に直接手を下す事無く、更にはお兄さんが「市民の努め」とばかりに再び下野?させる事無く、野良の自爆芸人っぷりを引き出した見事な手腕に乾杯。
野良家族もゆっくりできたし、お兄さんもゆっくりできたので実にWin-Winで何も問題が無いね。

「ゆっくりの正しい飼い方」

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「マジになるな」…HAHAHA…涙拭けよ、オレ…

主に漫画で飼い方マニュアル系の作品は目にしたけど、創作小説では珍しい気が。
思うに、その作品が発表された時期のゆ虐の背景、創作者や読者の共同幻想みたいな何かの一端をこのテのテーマは担っているのかなぁと。
今作も何点か興味深い点が示されていて、ゆっくりは感謝しない、我慢できない、裏切る、何が何でも子供を作る、ゲス化が進行、つまり賞味期限が切れたら棄てる、特におちびの取り扱いに関して、これに絡んで数多くの名作が産まれたのは事実だが、そのアンチテーゼと言わんがばかりにこれ以上シンプルで、ある種見も蓋も無い解答は無いと思われる「心を鬼にして、家庭崩壊を見守る」という。
この番とおちびと飼い主の関係性に関して、「おちびちゃんはとってもかわいいんだよ!」(カルマあき)・「まりちゃとわさ三つ子」(三つ子あき)あたりだと、見守りはしないが飼い主は積極的に子育てに関わらない…微妙だけど一方、積極的に関わった例として、「あんよ焼きまりさのしあわせ」では、お姉さんとゆっくり家族がピクニックに行った時の心象描写が細かいなぁと。
あるいは、「チャイルドケア」では、特殊な個体とは言えまさに見守ってたなぁ、逆に「勝手に子作りしたれいまり一家が虐待されるだけの話」では育児に関わらざるを得ず奴隷扱いだったなぁとか。
そして、ごく一部を除き、関わろうがそうでなかろうが、ほぼ結論が同じという。
いずれにせよ事実は分からないが、創作者自身がその経験が無いと何とも言えない面があるので、このジャンルをこの先十数年スパンで考える必要もあるかもしれないなぁと。
と、改めて文章にすると「何故にこんな(面倒な)モノを」と思わせるし、コメントに微妙に戸惑いの反応が読み取れるが、逆説的に捉えると今後も良作が出てくるのだろうなと期待を。

「地域ゆっくりの物語」(ポッキーあき)

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評価がマイナスに振れているけど。
人間に全く関わりの無い野良や野生が無慈悲にヒャッハーされるケース、微妙だけどストーリーラインによってはまぁアリかなぁ、かと思う。
売ゆん婦、歴史を紐解けば大量の労働者ブルーカラーの周辺に歓楽街ができるのは、時間をかけて風化するが負の面もあるにしても、有り得るよなぁと。
下請けゆっくり、同族駆除を業務とする場合、ゆん材のバッファや貴重な?地域ゆの盾として間違い無くそうなるだろうなぁと。
まりさの不倫、これは世代や読み手の経験・価値観によって意見が分かれそうな、でも個人的には「善悪は別として否定できない…でもなぁまりさ、身請けに10日分もの食料って、奥さんありすにバレるぞ絶対」。
しかし紛いなりにも公共の財産である地域ゆ、これをヒャッハーするのはそれ相応の理由が必要で、人間を傷付けたのにそれを地域ゆが防げなかった、という「表向き」の理由は成り立つと思う。
あるいは別の作品だと、地域ゆ(だったか、忘れた)と言えども、ゲス化するので群れは三代理論で定期的に駆除イベントするというコンセンサスの元、総入れ替えする作品というのもあったし。
気になるのはゼロから地域ゆが動き出すまでに人間側が支払うコスト、ちょっと考えにくいがこれが限り無くゼロに近いならば、今作の様な事はできるだろうけど、そうでない場合を想定すると、微妙であるが地域ゆに非があるとはいえ、どうなのかなぁと。
しかも人間側が裏工作をしていた訳で、その若い男おにーさんの裏で手を引いている先生の腹の中が分からないのもモヤッとする原因なのかなぁ。
例えば想像できるのが、愛護派と制裁派という集団が権威ある社会的な何かとリンクしていて、制裁派である先生が愛護派を蹴落とすために、みたいな?
もしくは先生の単なる趣味のためだけに善良な集団をヒャッハーした場合、この地域ゆがおかれた状況を考慮して、加工所諸共、長年築いた社会的地位も名誉もヤバくなりませんか?とか。
先生はともかく、若い男を中心としたこの陰謀?、しかも事情が薄々分かっていると読み取れる人間、ゆっくり(最終的に〆られた?)が多いので、バレるのも時間の問題みたいな気がしなくも(しかも若い男はプラチナのれみりゃ…希少種云々は別として…に対して流餡沙汰の暴力を振るってるし)、と読み取れてしまうけど、その先が描かれていないのもゆっくりできない、有り体に言えば因果応報になっていない、かと言ってその結末が安易だとアレレになるにしても、なのが原因なのかなぁ。
後は…書かれている以上気になってしまったのが(現在は削除済み)、激情を抱いた人物が今作の登場人物・ゆん物に反映されてるのかそうでないのか(何となく半野良まりさに思えた)…凄く失礼できつい言い方になるけど、ワタシゃ作家さんのコンプレックスや怒りなどなどの感情は、作品として昇華させてくれりゃ充分にゆっくりできるよ。

「れいみゅ、いちばんっ!」
「『とかいは』かつ『しあわせー』な子育て」

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「れいみゅ、いちばんっ!」に関して。
今作に限らず、何故にこうも「ゆっくりしていない」汚物ゆっくりを、主にまりれいの番、しかも野良・野生・飼いゆのいずれもが、ゆっくりしていると思い込むのか謎…そうでもしないと話が面白くならない、というのはさておき。
ところでこのれいみゅ…れいむ、足りないゆなのかなぁと疑問だったけど、コメント見る限りだと足りないゆという認識みたいだが、どちらかと言うと、躾がされていない更生不可能な甘ったれたガキ…ゲス以外の何者でも無い様に思えた。(某三つ子わさも同様)
特に明言されてないが、母れいむが死亡した原因って、このれいみゅが花びらを欲しい、でもまりさは狩りで居ない、れいみゅはやかましいし黙らせるため仕方無しに、で、川にドボンなのかなぁと。
および、親子共々人間と接触してしまったのは仕方無いとしても、売らんで良いケンカまで売って、お姉さんがあの様な性格だから良かったものの、一歩間違えるとこの群れは駆除対象になっていたのではないかと…街の公園の群れでは無いのでその可能性が低いのかもしれないけど、制裁担当のゆっくりまで準備しているという聡明な群れなのに、一方でこんな危険分子を野放しにしているのには多少チグハグさを感じたが。
そんな汚物でも、父まりさが一時でも心の支えにしていたのは哀れを…誘わない…とも言い切れないかなぁ…父まりさも心の底ではれいみゅをやましく思っていたとしても生きる目標が無いと辛く感じるのは事実だろうし、日頃のストレスを発散させる場があれば、また違った結論が導かれたのかもしれないけど結果がアレなので微妙だし、群れのリソースがそこまでキャパシティがある訳では無さそうなのが残念と言えばその通りだが、自称かりのたつゆんで無いだけに残念ではあるが。

「『とかいは』かつ『しあわせー』な子育て」に関して。
前作から続けて読んだので、今回はあんよのわるいありすが子育てか、と思ったが、物語冒頭で早々に諦めていたのでそうでなく、別のありすなのねと。
うん、花ありす(と前作のまりさの父子家庭)除いてみんなそうだね、としか。
どう考えても「ゆっくりしていないからあんよがうごかなくなる」のではなく、「あんよがうごかないからゆっくりできなくなる」と、因果関係が逆なんだよなぁ。
だからと言って、番を見付けるまでの花ありすの思考や言動そのものをアタマから否定する気にもなれず、あんよのわるいありすへの当て付けであれ何であれ、自身が目標を立ててそのために前向きに動く、という点「だけ」はそれはそれで良いのではないか、しかし腹の中を見破られないようにな、みたいにも思えたが、結果がコレなので何ともだが。
しかしナカナカに笑えない事態だと思うのは、花ありすの「とかいは」かつ「しあわせー」な子育て方法は、人間の場合でも起こり得るのではないかと。
なので三ゆんのありしゅが無事に育って、群れの仲間と共に過ごす時間が増えた時に果たして、ありしゅ達は何を思うのか、周りからどう思われるのか、母親に対してどういう態度を取るのかと思い読み進めていたが、残念ながら?順当に?そこまで育てられる事は無かったが。
多少衝撃的でもあり、まぁ、この親だとそうなるよなぁと納得したのが、障碍ゆんになった長女ありしゅが次女ありしゅを殺そうとする場面で、根が優しい長女ありす、次女もそうだったかもしれないだけになぁ。
それから考えると、あんよのわるいありすがこうもゆっくりと育ったのは、周りの理解や何よりも親御さんが立派に育て上げたのだろうなぁと。

「2リットルの天秤」

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初見は「追記3」以降、そう言えば今まで胴付きは、ほとんどスルーしてたなぁ…

ところで復讐お兄さんは、ありすのバッジを外した?
付けたままだとしても、ありすの飼い主は、知力が劣った普通のゆっくりをありすと心情的に認めないかもしれないし、野良ありすがありすを制裁してバッジを奪ったと思うかもしれないな…の以前に、聡明な飼い主ならば、今回のありすの狼藉の兆候を感じていたかもしれないので既に愛想を尽かしていた可能性も?

見えなかったのが「胴付きは保護対象」という事実と、銅バッジちぇんを問答無用で制裁した事で、胴付きという存在は野良や野生は別として、人間の所有物であるバッジ持ちまで斬り捨て御免が成り立つのか、いや、加工所でさえ気を遣ってるので、そうじゃ無さそうな?
だとしたら「たかが銅バッチが胴付きに」という怒りに任せての制裁の動機が見えないと言うか(しかも金バッジ)、そこに至るまでのありすの人となり…じゃないな、ゆんとなり見えないが、「図体がデカくても所詮はゆっくりだし」がFA?…人間に姿形が似た胴付きと言うだけで人間の良き隣人とバイアスが掛かりそうだが。
復讐お兄さんが目を離したのは不注意だとしても、事後処理で「胴付きは保護対象」がもたげてくると、ありすはそこまで勘案してと印象付けられてより悪質(人間基準で)だと思うし、対して復讐お兄さんは言い方が非常に悪いけど、その時点でゴネて取れるだけ取るべきだったよなぁ、何も犯罪者になる事は…ゆっくり相手に何マジに、とまでは言わないにしても。

…と思ったけど、銅バッジちぇんを制裁した目撃証言がありすだけ?…ありすは意図的に制裁したのを「不慮の事故」として証言?…他の野良の証言、仮に生きてたとしても銅バッジちぇんの証言、これらが仮に事実だとしても、胴付きのありすの嘘でもこちらの証言の方が採用されそうな気がするし。
だから復讐お兄さんは「そんなことだと思ってた」と、カマかけて見事にありすがゲロったのか…ありすの証言を得るまでに既に装置が稼働していた訳だが。
ああ、保護対象というのは、胴が付いていれば、野良であっても駆除されず然るべき機関に保護される、という事?
…色々無知ですみません。
当初「ありすが漢字で喋ってる、さすが胴付き」で、復讐お兄さんに言われるまで平仮名だと気付かず、文章故のナカナカ面白い表現だなぁとか「人間さんの、じゃくにくきょうしょく」を思い出したり。

「帰宅途中に ひろった」(かすがあき)

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某ゲームで青リボンのれいむに限らず、お飾りと体の違う個体は新鮮に映るけど(ぱちぇ以外のナイトキャップは無理…)、仮想世界の現実にはアルピノか何か、(現代では決してそうではないけど)忌むべき存在みたいにゆっくりには映るのかねぇ…一方で同時に神性という属性も付与されるけど、お飾りそのものに欠損が無いなら気にしなさそうな気もしなくは無いけど。
なので、野良を増やさなければエゴでも何でも良いんじゃないかと思うけどなぁ、個人でできる範囲は限られてるし。
で、いい話なんだけど…ペットロス(もしくは飼い主ロス)が怖いねぇ…どうしても避けられない未来だとしても。
それにしても、知能指数が低い、有り体に言えば「馬鹿」でも一途なゆっくりって、それはそれで良いんじゃないかと。
そもそもがゲスな個体は別として、知能指数が低いと最初に植え付けられた思考が反転する程、悪知恵が働くのかなぁ。
堕落する事は十分に考えられるけど、そこは飼い主が常に厳しく躾ければ矯正可能かなぁと。
その様な面では良くも悪くも「無能な働き者」であるにしても、その良さが前面に出たれいむなので確かに保護欲は刺激するなぁと。
だからこそ切に願うのは、「そうだ、おちびちゃんがいれば、かいぬしさんはもっとゆっくりできるよ」みたいな展開にだけはならんで欲しいと…
ところで今後もゆっくり虐待ジャンルが続いていくならば、リアルで本当に老人が創作してナカナカ味わい深い作品が出てくるかもしれないなぁと。(今もそうなのかもしれないが)

「まりさの人類撲滅大作戦」(炎上あき)

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まさに井の中の蛙だなぁと。
人間とゆっくりの交点に存在するのが加工所(と公園を訪れた一般市民…どれい?)なので、まりさにとっては加工所が非常に重要なウェイトを占めるが、人間社会が加工所をゆっくりに関しての面倒事を一任している組織という位置付けでしか無いし、駆除以外でのゆっくりに関するマーケットの加工所の占める位置は大きいけど、このまりさには関係の無い話だし。
更には、まりさの住んでいる公園だけで一斉蜂起しても何の意味も無く、アチコチの公園で同時にまりさ級の馬鹿が出てくれば…うーん…出てきても、別にやっかいでも何でも無く、人間の目から隠れて生きているゆっくりや命乞いするゆっくりを駆除する加工所側のあるのか無いのか不明な負い目が全く無くなるので、逆に加工所側の駆除が進むなこれは。

「しるしあき」の作品

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一文が非常に短く読みやすい、淡々としている、みたいな。
また、ゆっくりのメンタリティが、それまで培われてきたもの程には逸脱していない作品が多いのが特徴かなと。
一方で場面変換が分かりづらいので何度か読み返さないといけないが、文章量そのものが多くないので、じわじわ来るタイプの創作者さんだなぁと。

「紙芝居」

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「野良ゆ殺すにゃ加工所要らぬ、ゆっくりしたゆっくりを三日見せれば良い」みたいな?
三等分れいむは、紙芝居をおちび達に見せなかったのは賢明な選択だと思う。
そのゆっくりしたゆっくりと野良自身の境遇との落差や足掻く姿の描き方、何故だろ…以前だと「うわ悪趣味」だと思ってた気がするけど、凄くゆっくりできた。

「子捨て山」

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何だろ、凄く違和感が。
そこまでゆっくりはおちびを殺める事に良心の呵責を感じるものなのか、そこまで感じるならば、そもそもが産む事自体に自発的に制限をかけたり、避妊する発想に至りそうな…ただしゆっくりはそれらをできないし、今回の子捨ては幾分イレギュラーな要素でゆん口が増加したみたいだけど。
その様な前提でなら「悪魔のような発想」やら悪夢にうなされるまりさ、とかなら納得できなくはないけど…
成体れいむに至っては「ストレスのはけ口だったくそおちび」までの心境は「普通の」れいむならば分かるけど、一方で同族喰いまでに至る境地に達する程、ゲスでは無いという事か?

関係無いけどふと思うのは、ゆっくりの寿命(平均余命)を数年、ゆっくりが数を数えられると仮定して、その間、微増微減しつつもゆん口を一定に保つ…例えば20匹±5匹、というのは、そんなに簡単に長期間に渡り維持できるのか…できそうかなぁ…寿命が短いし、成体までの期間も短いし、常時繁殖期だし、とか?
壮大な勘違いかもしれないけど、姥捨て山の時代は将来の労働力を期待してギリギリ以下の生活でも産んで育てなければ、土地に縛り付けられた小作の現状を維持できない、みたいなイメージ。
対してゆっくりはそのテの縛りは、地域ゆは別にして無いと思う。

「冬の明日」

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ゆっくりに限らず野生の生き物って、動けなくなった時がすなわち死ぬ時だったか。
淡々とした丁重な作品だなぁ、作者さんはゆっくりの視線・気持ちで夜明けを路上観察しながら散策して書いたのかなぁと。
公園のゆっくりも特段ゲスじゃなく、これが普通なんだろうなぁと。
なので、この家族の様な善良寄りの悲惨な話は余韻を残してイイなぁと。
障害を持ったれいむを棄てて群れに入る選択肢もあったかもしれないけど(断られそうだが)、そうはできなかったのが何ともで、愚かとは思えない一方、冬を前におちびを産んだ?

「甘い夢」「夢現」

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せ、切ないねぇ…QNQNするよりも先にその感想が。
分割投稿禁止を逆に利用して、それぞれが独立しながらも一本の作品にうまくまとめたなぁと。

「リセット」

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そこまでおちびに固執する理由が良く分からなかったが、故に野良ゆっくりらしいちゃぁらしい、にしても。
妙にムカムカして読み進めていたのは、番の片方だけが出産する事で、そうじゃなく雌雄同体のメリットをだなぁ…まりさの父親の威厳?知るかよ、嫁の健康とお前の威厳のどちらが重要なんだと。
専業主婦なんてのは、戦後の人口ボーナス期の産物、今時は幻想以外の何物でも無いのに、何故に人間よりも著しく生存環境が厳しいゆっくり如きが、それを当たり前としているのか。
狩りはまりさ専業の方が長い目で見ると食料供給量は多いと思うが、外敵による突然の死亡リスクは高いし、番の片割れがテンプレしんぐるまざーで路頭に迷うよりも、無いよりマシ程度のサバイバル能力が身に付くんじゃないのか。

それにしても、最初の挨拶をする前に考えるより先に手…おさげが出てしまったのが何とも業の深いとは思うけど、暗闇の中やお互い顔を合わせない様に生活してるので、そこはお飾り差別の無い理想の楽園ではなく、根本的には何の解決にも至って無いんだよなぁ…
普通のおちびは無理、異常なおちびのみ生存の許されるであろう環境で、その異常なおちびも外の世界では生きていけない云々で親自らが手を下してと(足りないゆは…まぁ仕方無いかなぁ…)、一体何を求めてたのか…「ゆっくり」なんだろうけど、皆目検討が。
仮におかざりなしれいみゅが生かされたとしても、足りないゆ同様の結末になるのか、ちょっと想像が付かないけど。

「ありすの不思議の国」

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おそらくだがアリスのその先を読者…と言うか自分は所望していると思うけど、そこにまでは踏み込まずに、だからと言って尻すぼみにならず作品として上手にまとめているなぁと。
ところでアリスって元野良じゃなく?
その割には野良の何たるかに無自覚というか、それともありすがおねーさんがアリスを飼った時から見ていたとか。

アリスは結構贅沢な暮らしをしているので「じぶんはとくべつなとかいは」みたいに、野良の生活を見せても、げっとわいるどしそうな気がしなくも。
あ…と言うか、この先はまさか「夢現」のありすじゃぁ無いよなぁ…だとしたら、想像は付くけど一体何があったのか…

「しるし」

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今の時代に露天?のゴミの最終処分場って存在するのか…とは言え、今作は何時の時代の何処とも描かれてないし、コメントにある様に何等かの作品にヒントを得て描かれたかもしれないなぁと。
…と、最初に無粋な事を。

味とカラスと注意すれば回避できるであろう凶器を除けば安定的に食料ゴミが供給される環境下だと、ゆっくりは間違い無くゲス化しそうな。
まりさは傲慢になる、ありすは如何なる手段を用いてもおちびを所持しようとする、れいむはありすやまりさを亡き者にする、ありちゅはれいむやまりさを棄てる、という事も無く。
曖昧な言い方だが常識の範囲を多少逸脱するだけという、善良とはまた違う、ゆ虐にしては大人しめでブレ幅の少ないキャラ設定、妙に人間臭い…ストレスの結果他ゆんに当たる事はあっても凶行に走らず、それでもゆ虐創作小説が成り立つのだと…それは作品のバッジの色が示していると思うし、当たり前だが創作者の筆力の賜物だと思うが。

まりれいとありちゅの仲に割って入るありすの図々しさやれいむの心の機微、あるいは、れいむに続きまりさも後を追ってのおたべなさい…別の創作者の足焼きされたまりさの不幸?な最期を知っているので意外だったが、ありちゅに頼るのを良しとしなかった以上にれいむに感謝していたのか依存していたのか惚れていたのか…
キャラの造形は良い面も醜い面も含めて、陳腐な言い方をすれば、妙に日本人のメンタリティ…現代の若者に理解されず否定されるかもしれないが、そこにじわじわ食い込んで来る、そういう作品だった。

ところでありちゅの独り言、「ぱぱ」はまりさだろうけど、対になる「まま」、個人的にはどうにもれいむには思えず、ありすだと思うんだな、ありちゅはれいむと出会った時に一度だけ、れいむを「みゃみゃ」と言っているにしても。
だからと言って「おかーさま」と、ありちゅはれいむ(or ありす)を邪険にしていないのが個人的には救いで。
一方で、ゴミの中にゆっくりが居ない事を願う、という発想がありちゅに存在するのか、孤独を嫌うゆっくりはその逆じゃないのか、今でこそ溌剌としているがこれからも一ゆんで行きていけるのかと。
これはありちゅ自身の経験から得た知見では無く、れいむやまりさの餡を喰って彼女達の意識を継承した故なのか、そもそもありちゅ自身が棄てられたゆっくりで、幸か不幸か生き残ってしまった事に対する贖罪…こんな場末に辿り着くまでに死んでいて欲しいという願いなのか…生存は街の野良程に極めて困難な場所とはとても思えないが、それは分からない。

「彼岸花」

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もう自分もいい加減いい歳なんで、例えば「ヨイトマケの唄」みたいな、多分、今の時代では通じんのだろね、そういった影響(幻想)を多分に受けてきた世代なので、誰に言うとでも無しに「努力すれば何とかなる」みたいなのがね、皆が皆「有能な怠け者」になれる訳も目指す訳も無く「無能な働き者」である事の尊さみたいなのがね、抜けんのだわ。
そうやって努力してきた世代は後期高齢者となり若者世代からは疎まれ、今作に限らず、飼いゆと野良に代表される貧困格差は現実でもいつの間にか固定されつつあり、そして自分達の世代は上と下に挟まれて嵐が過ぎるのをただ待つだけ、みたいな。
ゆ虐のそういったトコロが現代社会を生きる若者のメンタリティの投影でもあり、故に共感を得るのかなぁと大上段に思いつつ、一方でだからと言って夢物語は他のメディア、アニメ・漫画・ラノベなどで満たされてるのかなぁと。

「(半)野良ゆっくりだから」がFAではあるのだろうけど、人間が飼いゆのために人為的にゲットー作って生かさず殺さずなので、非道いハナシではあると思うけどね、だからと言って野良に同情するのも大概だけど、飼いゆを育てるのもこれまた大概だなぁ、そこまでして飼いたいモノなのかねぇ、飼いゆのゲス判定装置と考えれば充分機能しているのかなぁと。
…とか思いつつも、ありすのささやかな矜持がね、何とも野良の意地みたいな。
ただ、彼岸花は有毒性…球根はそうだけど、花はどうなんだろ、もしかしてありすはうんうんおちび達に最期の情けをかけてるのかなぁと…あ、いや、ぱちゅりーが花は食料と認識しているので、そうじゃないか…

それはさておき、今作のありすの「向こう側」に対する見解が、「れいむは女王様」(三つ子あき)に対する、一つのアンサーになってるのかなぁとこじつけてみたりと。

「震えて眠れ」(地獄ドライバーあき)

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今作を読んだ後、偶然に「世界ネコ歩き」を見て、通常のロケは海外だと思ってるけど、今回は津軽のリンゴ農家の農場の小屋に飼われている猫の話だった。
震えて眠る事無く、雪の中でもラッセルしてたりと。
春先に親猫が5匹の子供を産んで育て、行方不明の1匹を除き冬前に子猫は独り立ちと同時に、親猫に新たな子供が2匹宿りそして育てるのは、見てて飽きないと言うか、可愛いけど逞しいと言うか、無茶苦茶ほっこりすると言うか。

で、今作、無茶苦茶QNQNしますねぇ。
特に掴みのパラグラフは文学的ですらあるかなぁと。
そしてこの冬の喜劇、何も通常種だけでなく、捕食種も平等に不平等な立場に描かれているのが良かった…と書くとクレームが入りそうだけどそうではなく、野良の捕食種は極限の環境下で生活する通常種を喰う立場とは言え、同じ捕食種同士の共食いもありでコチラも大変な境遇に置かれているのが事細かに描かれているので「確かにそうだよねぇ」という説得力があった。

「ゆっくりの飼い方」(トンネルあき)

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二つ疑問が。

一つ目は、何故にショップ講習がゲス養成講習と化しているのかと。
もちろん、カリキュラムが将来改定されるかもしれないし、内容は現在進行系なのかもしれないが。
例えばショップ講習の大本が加工所と結託、もしくは講習が加工所そのものと仮定した場合、げっとわいるどなどでゲスが量産される、イコール、加工所の安泰に繋がる、ではあるとしても。
長期スパンで見た場合、人間がゆっくりを飼う事は無くなる…むしろ人間がゆっくりを敵視するので(加工所にとっては渡りに船だが)、ショップ側に関しては打撃になりそうな気がする一方で、どれだけ殲滅を図ってもしつこく生き延びるゆっくり、野良が存在している現在では加工所は安泰かもしれないが。
逆に結託していないと仮定した場合は言わずもがなだけど、最大限好意的に受け取っても、この講習が買い替え需要やリピーターを確保するメソッドでなく、焼き畑ビジネスにすらなっていない気が。
…する一方で、悪い宗教ビジネスみたいに、「お前のこういう飼い方が悪い(だからもっとゆっくりを飼え、お布施寄越せ)」みたいに、到達できそうで決してできない何かをぶら下げて、それができなかった飼い主の非を突っ込んで追い込む何かがあるのかもしれないが…この場合、そちらに転ぶ要素は皆目見当が付かないが、モヒカン兄さんから見ると「愛護」ではなく「愛誤」なので、そういう要素もあり得なくも…

二つ目は、このモヒカン兄さんの飼育メソッドを持ってしてもゲス化するのかどうか…チョット思い付かないし、その場合は個体の問題である気が…つまり「愛で」のためには飼えない、飼わない個体である気が。

しかしながら、やはりこういうマニュアル系の作品は、ゆっくりの居ないリアルとゆっくりの居る虚構を照らし合わせて妄想が捗るので興味深いし面白いわぁ。
回りくどいけどこの餌の与え方は、確かに効果がありそうな気がするし、(健全な)知育に良いのではないかと。
ウチのワンコにはそこまでさせてなかったからか、主従関係を理解しないままだが。
また、飼い主不在の間は眠らせる事に関しては、モラル的に何かと異論がありそうな気もするけど、体に害が無い以上、仕方無いのかなぁと。
例えば長期不在の場合、自動給餌器にラムネを混ぜておけば良いのかなぁと思いつつも、「ごはんさんはかってに」パターンに入るか…そこでモヒカンお兄さんがサイドビジネスでゆっくりホテル(民宿)経営…いや、愛で派向けショップやNPOこそが、みたいな?

「契約とその代償」

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タイトル的には例の魔法少女かなぁで、読み進めるとお兄さんは例のQBみたいな?だったけど、微妙に違う様な、変化球なその通りとも言えそうな、気がしたけど。
あーコメントにあった「あたしって、ほんとバカ」だわ確かにこのパターン、やっと分かった、でも自責から円環の理に導かれはせず…まぁそうならんよね、ゆっくりだから…のうのうと生き残ってインガオホーな訳で、でも面白かったけど。
でもこれ、まりちゃ…まりさの住んでいるのが群れだったら、余程上手く隠さないと間違い無く制裁対象になりそうな気がするけど、そういった記述が無いので少なくとも群れでは無いのだろうね。
れいみゅ…れいむは相変わらずとも言えるけど、ああそうか、まりちゃのお陰なのを知らんのだなぁ…知ったからと言っても多分まりさになびかない気もするけど…もしくは干物まりさになる、そういう面ではまりさもれいむ…はいつものアレであるにしても、闇落ち…とは違うけど、暗黒面に堕ちたなぁと…まりさは元が善良寄りだったのに見事なシリアルキラーと言うかサイコパスになったなぁと、逆に言えば、さやかちゃんもその可能性や選択肢があった訳だ。
で、さくやはまぁ何だ、頑張れと。
自分だったら、殺ゆんはストップ、しあわせーな生活をさせ、過去の行状と現在のギャップから生じる良心の呵責で精神的にじわじわと苦しんでいく様を横からニヤニヤと眺めながら(コレ効くよ、とハピ粉をそっと出し)、まっちょりーやどすに家族を惨殺させて、どこぞのフローレンシアの猟犬並に、みたいな展開になるかは、さくやとはいえゆっくりなので不明。

「金バッジの意義」

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いやまぁそうだろうねマジで。
でなければ、虐待を前提とした消耗材や消費財みたいな?
現状把握と問題提起だけに終始しているが、さすがにその先を考えるのは難しいか…
コンポストにしか共生の道が無いのか、おともだちパンチのモヒカン兄さん(「ゆっくりの飼い方」(トンネルあき))みたいな飼い方が現状では最善解なのか…
リアルでゆ虐を取り巻く環境が今とは違うので一概には比較できないが、「きんのまりさとのられいむ」みたいなまりさは今は居ないか、あるいは、飼い主にもっとゆっくりして欲しいからおちびを、みたいな斜め上の発想には行かないか、そもそもそういう発想を微塵もしないゆっくりだけが金の対象になるのか。
ところで今作、ゆっくりのセリフが全く無く研究者のモノローグだけなのに、ゆ虐創作小説として成り立つのだなぁと。(自分が創作するとすると、人間二人の会話で、だと何とかなりそうな気がしたけど)

「勝手に子作りしたれいまり一家が虐待されるだけの話」

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ここにぶら下げるのも何だけど、今更ながらゆっくりの「おちびちゃんはゆっくりできる信仰」って何だろうね?と。

お兄さんにとっては、元カノに押し付けられた形で、ともかく二ゆんだけでも家計が危険水域なのに更におちびまでは余計に、飛躍的に手間も金銭的負担も増えるのでダメだ、という当たり前の理由で拒否(そうはさすがに体面上言えなかったが)しているのに対して、ゆっくりの側はいつものアレの一点張りという。
結果論になるが、この時点で既に銀バッジの水準を満たしてなく、後は堕ちるだけ、今は堕ちてる最中だったと。
例えばまりさ、餌の手配に関しても自分で狩りをすると、飼いゆが何を寝惚けた事を言ってるのだと。
そしてお兄さんは身の程を分からせようと断食を決行したしたがそれでも通じず、否、通じてはいるだろうが、結局は信仰のぶつかり合い、無理が通れば道理が引っ込むで、折れざるを得なくなったお兄さんに更に追い打ちをかけるように番の更なる増長っぷり(壊れっぷり)とそれを手本としたおちびのそれも半端無く、そしていつもの最期、結果的にはゆっくり自らが自身の敵を作り出しただけ、と。

個人的にお兄さんの断食の決行、一日だけ放置して飼いゆ自身の自活能力の無さ…も何も、紛いなりにも銀バッジ飼いゆなので本来教育を受けているので当たり前なのだが、それを思い知らせるのはアリかと思った。
…のだが。
いきなりのゆっくりを飼うにあたり、お兄さんは結構どころかかなり頑張っていたと思う。
強いて言えば、バッジのランクによるが、ゆっくりを見くびり過ぎていた、バッジでは無く実体としての低ランクゆっくりを犬猫同様のペットとして扱ったのが間違いで。
例えば、お兄さんはネットでゆっくりの生態や飼い方を調べたり、自分のモノを売ってまでして(そこまでするかと思ったけど、彼女への未練だよなぁ)、ゆっくりを飼うための資金にしたり…ただ…これは考え様によってはゆっくりだけでなく、ペットを飼うには非常に困難な生活状況・家計状況とも言えるが。
そもそもコイツラは同棲してた元カノのモノだったし、まだこの時点では元カノに未練があったので、加工所送り、潰す、良くはないが野良落ち、という選択肢は採れず、体罰を伴う躾も行えず如何とも、だが。

という飼い主の都合には全くお構い無しで、おちびを諦めるからいきなり四ゆんの糞玉を製造した番の心境の変化が良く分からなかった。
「おちびはゆっくりできる」のは番だけ…結果的にはできないという腐る程見たパターンであるが、飼い主にまでその信仰を何の論理的根拠も無く押し付けていただけという、こちらも腐る程良くあるパターンであるが。
…元カノの育て方に難ありだな、結局。
元カノは飼いゆとしての教育を受けた銀バッジのゲス化を促進させただけで、それが故にその育成方針を見透かされた新カレの金バッジ持ちに懐かれなかったのだろうなと。
お兄さんの回想で元カノはあまあまを頻繁に与えていたので、お兄さんは「おちび以外何の要求もしない」と思ってたけど、ゆっくりの側ではそのレベルの欲求は既に満たされていて、お兄さんが正確に伝えていないが元カノと別れた事を認識できず、二ヶ月間、新しい飼い主…奴隷に近いが、標準的な銀ゲスらしくお兄さんの前で猫を被っていたのかなぁと。
それでも、たらればが許させるとするならば、近所迷惑で黙らせるためにお兄さんは悪手の最右翼とも言えるあまあまを代償にしていたが、そうではなく資金が必要だが、加工所産の防音付きの箱を準備、ゆ叩き棒を用いた躾、それは家族全てを対象にしつつも主におちび達への牽制、とかだったらまた違った結論だったかもしれないが、多分今後はお兄さん…鬼威惨は遠慮会釈無くやると思うけど。
その可能性も、パスタの件でゆっくり自らが取り返しのつかないどでかい墓穴を掘ったが、もしかしてまだこの時点でも彼女と別れた事をゆっくりには伝えてなかったかもなのでほんの少しだけゆっくりに同情…しないなぁ…伝えていても、人間と言うか日本人のメンタリティを理解できないので、結局このセリフを吐くと思うが。

しかしなぁ、そうで無い場合も多々あり、それは往々にして悲惨な結果を招くが、普通、人間も動物も赤ちゃんという存在は大人が守るものというのがDNAに刻まれてるのか本能なのか、そういうのがあると思うのだが(赤ちゃんの目を中心とした顔のバランスがどうのこうの)、ゆっくりに至っては全くそれが該当しない…と言うべきか、母性と子育て能力(「おちびちゃんはとってもかわいいんだよ!」(カルマあき))を混同してると言うか…という。
何なのコレ?だったけど、考えてみりゃ赤子同然、赤子どころか禄に自身の生活…どころか「生存」すらおぼつかない成体ゆっくりでさえガキなんぞマトモに育てられる訳も無いのに、無いからこそ思い込みの産物ゆっくりが「おちびちゃんはゆっくりできる」の一点張りしかできないのは当然とも思えるが、そもそもが幾らカラダが成長しようが精神的にはガキと同じ存在、ガキがガキを作るんじゃねーよという、何ともありふれた結論に至ってしまったけど、逆に「大人」って何?と考え出すと「うーむ」になるので止めておくけど。
ただしそれがゆっくりにとっては、一番手っ取り早い種としての生存戦略であるというのが何ともで。
あかん…変にイラ付いて来た…てめえはてめえ以外のおちびを可愛いと思うかもしれないが、それを引き取ってまで育てる気になるのか、仮にそれが可能な条件は何なのかと、ゆっくりを正座させて小一時間説教…しても意味ねーよな…

…と言うのはともかく。
様々な作品で様々な制裁が今まで出てきたけど、その中にれいぱーありすも絡まない色仕掛け?メス堕ち?を盛り込んだ制裁ってあったかなぁと。
個人的にメス堕ちまりさはエンガチョではあるにしても(正直、キモい、キモ過ぎる)、王道的展開はいいわぁ、特に「否が応でも飼い主が子育て(ゲス化)に協力させられる」というのは。
しかしねぇ…「おにいさんは少し驚いたみたいだったけど、すぐにおちびちゃんのかわいさにゆっくりするようになった」と意味不明の回想、れいむはどれだけ世の中を餡子ビジョンで見てたのかと閉口、かと言って、あの時点で反省されても「だから何なんだ」としか、故に実にこれ以上無い順当な。
改めて、銀バッジはゲス化の確率も高く、なまじ知恵が回るだけに無駄に厄介な存在故に、飼うに値しないランクだと思わせる作品だった。

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  1. 1. あとがき
  2. 2. あぶすとらくとさん
  3. 3. ゆゆ?ここにゆっくりできないにんげんさんがいるよ!
  4. 4. 漫画
  5. 5. 漫画(渋)
  6. 6. 創作小説、その1
  7. 7. 創作小説、その2
  8. 8. 創作小説、その3
  9. 9. ゲーム
  10. 10. ゲーム:「ついほうしゃさん」をプレイして
  11. 11. 妄想篇
  12. 12. 結論めいた