【閲覧注意】「ゆ虐」というジャンル

…という話題に関して書くのは非常にセンシティブにならざるを。
一つは、自身の嗜好のあり方が問われる事、もう一つはこのジャンルの閉鎖性とでも言うか。
炎上するリスクを犯してまで記事にする事か?なんだけど。
しかしながら「作品」として見た場合、なかなかに興味深いし面白い作品も多いのも事実かなと。
…とは言うものの、このブログの全ての投稿の中で、この投稿がそこそこの閲覧割合を占めているみたいなので、ちょっとビビってますが(この投稿はゆ虐創作じゃないですよー)。
各サイトのコメント欄にこんなの書くと真っ先に制裁対象になりそうだけど、自分のブログに書いてるので見逃して欲しいなぁと。
その様な理由から、本文、作品へのリンクはしません。
Web検索すれば比較的簡単にヒットすると思うので。
「ぷぷっ、ゆっくりできないにんげんのまつろだね、あわれあわれ」
「これだからくそにんげんはゆっくりできないかとうせいぶつなのぜ」

創作小説、その4

ゆっくりとどくしょかんそうぶんは続いております。
ここに挙げた作品が膨大になってきて、もう少しシステム的な管理(具体的には読書感想文データベースモドキな)をしないとワヤクチャになるなぁと。

恐ろしい事にこの一連の投稿、このブログモドキのキラーコンテンツで、正確なページビュー数を書くのは(零細なので)省きますが、ベージビューの9割程度がこの投稿であるという。
ビジター数に対してビュー数がとても多い場合は特に嬉しい半面、今でも怖いですよ。
他の大多数の創作者さんとは違って、自分の場合、いつ他のSNSに飛び火しないかと…
もうそうなったら、自分は全てのSNSのアカウントを閉じるしか無いなぁと思ってますけど、自称「自営業」(介護離職中)なので多少は色々と影響が出るのは必至で。
故に、たかが同人の一ジャンル、非常に歪で鬼子みたいなそれであっても、少なくとも自分が飽きるまでは、真摯に向き合いたいと思っています。
それに自身が何かを発している以上、それに対する責は常に付きまといますしねぇ…まぁそれなりに覚悟決めてこの投稿を続けてます…
今更ながら、この投稿だけは別のブログで自分のSNSとは紐付かないアカウント作って投稿すりゃ良かったかなぁと思いますが、もう今更手遅れですが。

および、敬称略、ネタバレ注意。

Table of contents

  1. 1. 「ウルトラ全否定(野生編)」マンネリあき
  2. 2. 「野糞袋」
  3. 3. 「ありふれた日常」「れいむが教えてくれたこと」
  4. 4. 「ゆっくり園の夕暮れ」
  5. 5. 「非常に優秀なまりちゃ」
  6. 6. 「行き着いた場所は同じ」((有)革あき)
  7. 7. 「れみりゃは静かに暮らしていたかった」
  8. 8. 「まりさと緑の監獄」
  9. 9. 「本当は醜い彼らを笑っていた」(ちょこじょあき)
  10. 10. 「Sweet dreams」(おたからあき)
  11. 11. 「美ゆっくりのありすは醜い」
  12. 12. 「れいむって歌下手じゃん」
  13. 13. 「道具として生きる者たちは玩具となることは受け入れない」陽はまた昇るあき
  14. 14. 「逃げたまりさの一生」(ボトルぺにぺにあき)
  15. 15. 「れいみゅの我儘放題で、おねーさんアッチ側の人になる」
  16. 16. 「封印すべき歴史」(ママあき)
  17. 17. 「「しあわせー」の日」
  18. 18. 「まりちゃ、さいっきょう!のおとーしゃんがだいすきなのじぇ」(おちりろーずあき)
  19. 19. 「まりちゃがゴミ屑うんうんになるまでのお話」
  20. 20. 「あまあまがくれた未来」(白ブリーフあき)
  21. 21. 「おれんじ」(かみのこあき)
  22. 22. 「家族のあいどる末っ子れいみゅ!」
  23. 23. 「しるしあき」の作品
    1. 23.1. 「紙芝居」
    2. 23.2. 「子捨て山」
    3. 23.3. 「冬の明日」
    4. 23.4. 「甘い夢」「夢現」
    5. 23.5. 「リセット」
    6. 23.6. 「ありすの不思議の国」
    7. 23.7. 「しるし」
    8. 23.8. 「彼岸花」
    9. 23.9. 「分かれ道とその終着点」
    10. 23.10. 「おはじきれいみゅ」
    11. 23.11. 「我が世の春」
    12. 23.12. 「目を開けたまま夢を見る」
    13. 23.13. 「えいゆんまりさの凱旋」

「ウルトラ全否定(野生編)」マンネリあき

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「怒り」にとてつもなく弱い、か。
大声でともかくゆっくりを罵倒するのか…一度やってみたいねぇ。
物凄くストレス解消になりそうで、直接的な暴力じゃないので自身への精神的負担も少なそうだし。
防音室が必要になると思うけど。
しかし…どすまりさのお帽子をかぶった人間を先頭に、村人が東南アジア風の仮面を付けて山の中に入って行くって光景、無茶苦茶シュールだなぁ…何かのお祭りみたいだ。

「野糞袋」

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俺も分かんねーよ人間が何者なのかは…泣き落としがダメなら開き直りと、テンプレとはいえイチイチイラ付かせるまりちゃだなぁと。
ま、もっと酷いのになると、まずはおうちせんげんかますのでそれに比べると幾分マシな気もするけど、だからと言って、てめぇのお涙頂戴な境地と哲学的・根源的なレベルの話をごっちゃ混ぜにされても鬱陶しいだけだわ。
何か辛辣なコメントが多少目立つ気がするけど、個人的にはこういう考察がメインの話は好きかなぁと。

「ありふれた日常」
「れいむが教えてくれたこと」

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微妙に評価が別れてる作品だなぁと。
どぉなんだろうねぇ…あんなナマモノ、さすがに生物(いきもの)とは思わないまでも、例えば「おもちゃ」を無意識であれ意識的であれ何であれ壊してしまった事に対して叱るでも無く、というのは…「モノを大事に扱いなさい」という躾・教育はなされないのかと…今はそういう時代じゃ無いのか…故に「Mottainai」を扱ったTV番組が?
母親のゆっくりに対する対応は、人それぞれのゆっくりの飼い方があるだろうから特にコメントは無いけど、と言うより「れいむが教えてくれたこと」における心境の変化のプロセスを淡々と描いているのは良かったと思うし、更には母親の子供も絡めて描いたのは良いと思う。
故に、ゆっくりに対して母親から子供への教育と言うか、付き合い方と言うか、淡々とし過ぎているが故に異常性が際立ってる気がしなくも。
であるが一方で、子供が成長しても鬼威惨になる可能性は無いんじゃないかとも思う…と言うのは、虐待派にしろ愛誤派にしろ、ゆっくりに対して何等かの執着なりを持ってる訳で、この子供の様に産まれた時から一緒だと、ペットと認識した個体、あるいは逆にQNQNする何かと巡り合わない限りは…ただ、ゆっくりは昆虫でも無ければ動物でも無いという位置付けだと何ともだけど。

「ゆっくり園の夕暮れ」

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作中にある「休まず、遅刻せず、働かず」だが。
…これ、自分が新人研修の時に言われたのはバブルの最中、元国営企業が分離した下請けみたいな会社での話。
更に両親が地方公務員だったので、公務員の描写・空気感が「あー公務員ってこんな感じだよなぁ」とか。
さて、おにーさんと撃墜王さん、両者ともいいキャラしてるなぁと。
まりさちゃんの変わり様でおにーさんはショックを受けるかと思ったがそうでもなく、というのが違和感がある気もしなくは無いが、逆に言うと変にゆっくりに感情移入せず、職務に忠実な公務員なんだろうなぁと。
当然、撃墜王さんも同様、とは言ってはみたが、作品読んでの最初の感想は「まりさちゃんカワイソ、撃墜王さんヒデー」とか思ったけど、コメント読んで「確かにそうだ」と鞍替え恥ずかしい。

「非常に優秀なまりちゃ」

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コメントでこのまりちゃがゲスか否か、善良か否かで盛り上がってたが、自分は態度保留という事で…
ゲス…と言うか我儘なれいみゅを亡き者…物にする動機が、親をゆっくりさせたいのか、自分がゆっくりしたいのか、その比重により、例えば前者だと純粋で善良な、になりそうだし、後者だと金ゲスの素養充分だなぁになりそうな気もするけど、逆に純粋過ぎる前者だと底知れぬ怖さを感じるパターンになるよなぁこれ…そういう作品ってゆ虐以外で結構ありそうな気がするけど。
なので「ゲス」の一言で斬るのは困難で、それとは別の視点…知能的に「馬鹿」「賢い」みたいな基準も必要なのかなぁと。
例えばまりちゃは賢いゲスで、れいみゅは馬鹿なゲス、みたいな…故にれいみゅは問題外だけど、まりちゃは評価が別れる、みたいな?
いずれにせよ、まりちゃが無事に成長すれば群れの長や幹部には余裕でなれそうな。
もっと踏み込んでネチっこくそのあたりを如何にも赤ゆっぽく描写したら、より面白かったかも。

「行き着いた場所は同じ」((有)革あき)

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地域ゆの管理下に野良ゆが居るというのは、世知辛い事を言えば、正社員と非正規社員・契約社員みたいな関係に思えた。
正社員である地域ゆが非正規社員である野良ゆを管理…はしてねーな、配下に置く体制は野良が人間に狼藉を働く可能性もあるので人間側にとって結構リスキーと言うか、公園に住む権利の代償に地域ゆを絶対視する事ができるのかどうか。
例えば野良まりさのおちびの様に、親の代はそれがどういう意味を持つのか理解していても、おちびは全く理解しておらず増長するのは目に見えているので、いくら産児制限をしていたとしても、それを長であるぱちゅりーに責を帰すのはちょっと酷かなぁと思わなくも。
ぱちゅりーの言う様に野良共の生き死には問題にならないだろうけど、人間に危害が加わればぱちゅの首をすげ替えて済むだけの話では無く、人間側の管理者と被害者との色々が生じるので、この体制を今後維持するのは個人的には困難かなぁと。
…と思った一方で、従来通りの地域ゆ・野良というコミュニティに分断させておいた方が良いのかどうかは何とも。
まぁそれは良いんですが、それぞれのまりさ同士が生きている間に何処かで絡む、顔を合わせるとまでは行かなくとも場や時間を共有するシーンがあれば面白かったかなぁと、何となく「マグノリア」…にそういうシーンがあったか思い出せないが…を思い出した。
あーあとお姉さん、分かりましたから、人間にはそれ、のべつ幕無しにしないとは思いますが、せめて相手のプロファイルをしっかりした上でやって下さいね。

「れみりゃは静かに暮らしていたかった」

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確かに自分は通常種・希少種に関しては何やかんやと書き殴ってきたけど、捕食種に関しては関心が薄かったし、すみません、今もあまり無いです…
れみりゃの生態?を視覚的に認識せしめたのは、渋で何作品か見かけたけど、つまり結構新しい気が。
それ以前だと「街ゆ」として野良の駆除を行う胴付きの漫画、忘れたけどそれなりの長編の創作小説を見たかなぁ、など、あるにはあるけど、基本的には胴付きであれ饅頭であれ「良き隣人」的な位置付だったと思う。
それがこの創作小説では、そこいら辺に沢山居る野良まりさ同様の生存環境に置かれているのを描いているのがポイントが高いと言うか、空が飛べるというアドバンテージがありながらも、少しでも気を緩めるとさほど通常種と変わりない結末が待っているので、結局饅頭だしなぁ仕方無いね、みたいな。
自分の中では、飼うには飼えるけど、それなりの覚悟が必要そうな猛禽類、とまで行かなくとも、鳥に準じるナマモノというイメージなので、飼う上での躾は絶望的かなぁと。

「まりさと緑の監獄」

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元飼いまりさがどす化を選択して、良くも悪くも周りがどすに頼る事で生存率や生活水準が向上、となるとゆっくりの性で生活にゆとりができて増長して、このまりさを含む第一世代が人間の怖さを経験で知っているのに対し、人間の怖さを知らない第二世代が人間は怖くない的な思考と、それを第一世代が明確に否定しないため、第二世代は人間を倒せるという思考に転がるというプロセスの描き方が何とも絶妙で、ああ各地でこういうやり取りがあったんだろうなぁと。

これ、ぱちぇ(&加工所)が手を下さなくとも、いずれ何らかのカタチでゆっくりの側から仕掛けて人間に目を付けられ以下テンプレ展開、その原因も、第一世代の様なギリギリの生存からの脱出という切羽詰まったモノでなく、如何にも餡子脳なテンプレ、という未来しか見えて来ない。
故になのか、テンプレ展開にせず、ぱちぇを監視役にさせたのは面白かったけど、ちょぉっと突拍子が無かったかぁと感じなくも…とも思ったけど、改めて読み返すと、ぱちぇりがこんな辺鄙な場所に居る目的が、自然環境を破壊する可能性のある希少種が現れたら然るべき処置をするとの事なので、あくまで今回の件はイレギュラーなレアケースなんだろうなぁと。

漢字も使うし只者では無い雰囲気だったけど、確率の低そうなチェンジリングによる希少種云々の地域より、今そこらかしこにある人間と野良が丁々発止してる地域に、と思ったけど、このぱちぇりの様な胴無しまっちょりーが「全国津々浦々」なので、それは良いとして。
ついでに言うと、ぱちぇ自身がどの様な方針でこの群れを監視しているのか…発見次第即駆除せず、今回の様なレアケースが無かった場合、様々な結論を引き延ばす事で第一世代の様な、ある程度少数のゆっくりをこの場に留めておきたいのか、だとしたらそれに何の意味が?希少種を発現させて加工所の小遣い稼ぎ?みたいな。
およびこのぱちぇが物凄く人間的臭いなぁと思うのは、どす化していないまりさだと、ぱちぇはおそらくまりさの言わんとしてる「行間」を汲み取っていたかもしれないが、どすになってからはホント、事務的に粛々と対応してるなぁと。

ところで逆に胴付を選択した場合も正直何ともで。
ペットとしての立場をわきまえた地頭が優秀なまりさなので「末永く幸せに暮らしました」にも痛みが伴うだろうなぁと。
元飼い主の努力と彼の妻の理解力、および、一番大きなウェイトを占めていると思うのが、まりさの番のれいむやおちび達の資質かと。
しかし、れいむの人間を嫌う口ぶり、餡子脳全開のおちびからして、ペットになるのは非常に困難かと思うので、群れ全体はともかく、家族を見捨てるなりしないと実現は無理かと…このれいむも「くそにんげんさん」とコトバを選ぶ程度の思慮はあるのでそれなりに優秀かと思うが、それ故にペット時代に番とおちびを持てなかったという、どうしても超えられない一線を引きずってるみたいだし。

なので、どちらも選択しない、という選択肢もあるかと思ったけど、このまりさだとそれはできないだろうなぁ、と考えると、依然として捨てられる可能性が残っていたとしても、家出しないというのが一番無難だったかも、という…

「本当は醜い彼らを笑っていた」(ちょこじょあき)

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さすがにここまでの暴力沙汰は聞いた事は無いが、一流と呼ばれる企業の社宅の昼間によく見られた光景だとか何とか。
ところで銅まりさ親子が野良落ちしたプロセスが描かれていないけど、これもお兄さんの差金?加工所呼んだのはれいむ?
それにしても、他人のペットをそそのかすのってどうなんだろうねぇ…そしてこの顛末を知ったら放任し過ぎが原因の一助であったとしても、飼い主のお姉さんもさすがに思う事があるんじゃないかなぁ…その辺はれいむも覚悟してるみたいだけど。

「Sweet dreams」(おたからあき)

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are made of this. Who am I to disagree. I travel the world and the seven seas. Everybody’s looking for something.
とか浮かべてしまう相当なオッチャンだけど、そうではなく。
あかんこれ、あかんやつや…
タイムリミットがあり、別れる系はあかんのよ…
たかだか野良の日常の一コマではあるけど…

「美ゆっくりのありすは醜い」

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うん、確かに醜いかもしれんけど、それはゆっくりの側から見た目で、飼いゆとして見た場合、こーでぃねーとと自分の美貌に執心で番やおちびに興味が無い…むしろおちびは不要、というある意味飼いゆとしてのパフォーマンスは高いのかもしれんなぁと。
ただ、それらばっかりに興味が行って、飼い主をないがしろにする可能性もあり、更には飼い主の与える道具だけで満足できず、番とおちびが必要と熱い手のひら返しをされそうで、何のためにゆっくりを飼ってるのか分からなくなりそうだが。

「れいむって歌下手じゃん」

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うん知ってた。
某ゲームだとそこまで酷く聞こえないけど。

「道具として生きる者たちは玩具となることは受け入れない」陽はまた昇るあき

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ここまで分かり易い公務員が居るのかどうか…モノの話には聞くには聞くが…あと、煙草のポイ捨てヤメテ…どうしょうもなく堕ちたとは言えコレ以上印象を悪くしないで…
…と、道徳的観念や方法はともかく今を必死に生きる野良ゆ・地域ゆではなく、ゆっくりの周りで蠢く人間の方がゲスいという。
確かに以前は自分も「地域ゆを飼いゆにする」みたいな事をボヤいたので、その通りの結果とは言え、最初に賄賂を送った鬼威惨には嫌悪感が。
ある意味悪趣味の極みなのでアッパレな行為であり同じ趣味人の間では誉れ高いだろうけど、だからと言って人間側の社会的ルールを破るというのは。
それにしても、何度か言ってるけど、ゆっくりの立場からすればどう足掻いても同族殺しの汚名は拭えない訳で、であるならば、その様な良心の呵責が全く無さそうな捕食種を地域ゆにはできんものかと思ったり。

「逃げたまりさの一生」(ボトルぺにぺにあき)

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今時点でたとえ「ゲス」と呼ばれるモノ(達)であっても、何らかの過去があっての今がある…筈。
いわゆる「想像力」の問題だけど、もちろん、そういうのを知らなくても全く問題無いし「ゲス」認定の段階でその個体の過去を切り捨てるのも一つの考え方だと思う。
自分の感覚では、かつてそういうのを表現するメディアとして、小説や映画が該当していた、と思っている。
その様な作品を娯楽というカタチで享受しつつ、ゲスに対しての何らかの共感や逆に「こうはならないでおこう」みたいな教訓も含んでいたんじゃないかと。

「れいみゅの我儘放題で、おねーさんアッチ側の人になる」

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ゆんゆん…ゆんゆん…
ゆんゆん…
コワイ…

このくそれいみゅの罵詈雑言の中で唯一「ゆっくりかうのへたくそで」だけは当たってる気がするけど、お前が言うな。
「にんげんにかわれるのがへたくそで」だろ、おめーは。(それがゆっくりの心情に沿ったモノかは別にして)
おねーさんの豹変のタイミングはくそれいみゅのあの発言だろうけど、それ以前とそれ以降の夜叉モードとの落差の因果関係が見えづらかった気が…あくまでくそれいみゅ視点なので何ともだが、あの様な飼い方してこう豹変するかなぁ、みたいな?
ガンガンか…フツーのゆっくりだと難なく覚えそうなおといれの躾には多少の効果があったけど本質は全く変わらずで、しかしこの様な虐待って久々?漫画やゲームでは見たけどゆ虐小説では珍しいかなぁと。
で、最後、あれってやっぱりまさかのnice boat?
…だとしたらくそれいみゅの「にんげんするのがへたくそな」も当たってなくもない気がするけど、お前が言うな。
もしそうだとすれば、あの豹変も納得行かなく…あかん、ナントカ警察事案になり兼ねないのでそれ以上は…

「封印すべき歴史」(ママあき)

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なるほどコレは面白い発想だわ…認めたくはないけど…
旧石器時代の日本列島(既に大陸と分離していた?)、とか、日本語の語源(アルタイ語族とは言い難い?)をWikipediaでチラ見したけど、概ねこの作中の認識でも間違いではないカンジだったんだと。
仮にもしそうだとすると、喋り言葉と変に高度な語彙はゆっくりから…大真面目に考えれば大陸から移動して定住した人々の言葉が汎化して統合化された気が、そしてその話し言葉に大陸由来の漢字を当てて訓読みを創った、みたいな?
でももし仮にそうだとすると、誰が?何が?ゆっくりに言葉を教えたんだろうね?(ループ?)

「「しあわせー」の日」

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このテの売ゆん婦ネタを読む度に何となく宮尾登美子あたりを連想、あの時代はエネルギッシュだったんだなぁと。
今作の売ゆん婦れいむ、主役のぱちゅりー以上に名脇役としていい味出してるなぁと。
あんな生活でも「えいえんにゆっくりするのはこわい」から、無理矢理とはいえすっきり後にゆかびをぱちゅりーから移されても「れいむは、おこらないよ」と来て、最期におたべなさい、だしなぁ。
一方の地域ゆれいむ、まりさのれいぽう後にゲス化の兆候ありと、ヤッた事は同じでもその後の心情の差が何とも。
まぁ、まりさの管理不行き届きには間違い無いのだろうけど、ぱちゅりーのまさかのバイオテロモドキをさてどうしたら防げたものかと。
ゆかび防止剤の存在を知っていれば高額でも何等かの手を打っていた可能性もあるが、ゆっくりに避妊具の類は聞いた事無いし、結局は清潔に保つ事と定期的な検診しか無いのだろうなぁ。
そう言えばゆっくりに「月のもの」ってあるのか…何となく無い気がしなくも無いけど…それと饅頭の破瓜ってどんなんだろ?みたいな。

「まりちゃ、さいっきょう!のおとーしゃんがだいすきなのじぇ」(おちりろーずあき)

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ああ、なるほど…
父まりさは母ありすみたいな方針の教育を受けたので一応マトモ?だったのに対して、まりちゃは教育を受ける前?に、父まりさの屈強で最強(笑)な姿を見て、父まりさは変なスイッチが入り、まりちゃは更に増長した、というコトなのね。
それが群れの規律を乱す存在…ゲスならば、確かにそのさいきょう(笑)のハナをへし折って生き残れば良しとするか、そんな面倒なコトやってられっかで居なかった事にするしか無いよなぁ…まりちゃから見れば、母ありすや普通状態の父まりさの方がゲスに見えるならば尚更。
それにしても母ありすって父まりさに殺されたんでしょ…なのに群れからの追放程度で済んでいるって、ちょっとこれは…しかも野良のコミュニティも注意喚起から始まるって(相手の力量が分かっていないので、とも言えるが)、生温くはないですかねぇ…
しかも、まりちゃは母のカチューシャをおもちゃとして粉々にでしょ…結構ドン引きだわ…
故に何が悪かったか分からないまま、ゆん生を終えたのは良かったかなぁと。
ところでまりさの最強伝説と同レベルのれいむのお姫様願望、まだコレって生まれ落ちて早々から現実を知る事になるので幾分マシな気もするけど、自分の心を偽ってるか、都合良く解釈するかで結局ダメな個体だよなぁ。

「まりちゃがゴミ屑うんうんになるまでのお話」

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コメントに多々ある通り、そもそも、まりちゃはゴミ屑うんうんじゃないの?と。
そもそもがゲスエリートなまりちゃ、結局最後までまりちゃは「悪い事」だと認識せずに「○○なんてしなければ、今は○○だったのに」と悔やんでいるだけなので、まぁそういう存在だよなぁと納得。
それにしても「勧善懲悪」というのは時代を越えて愛されると言うか、今更そういう時代でも無いのだろうけど、と変にうがった見方をしてしまう程度には、我ながら嫌な奴だなぁと。
ところで今作を第一部として、まりちゃ亡き後、果たしてこの群れは今まで通り「ゲス」は悪であるという戒律を保った群れであり続けるのだろうか?を第二部にですね…
ムカつくけど何と言うか、今は良くも悪くもまりちゃ(一家)が居るからこそ、この群れの統率・規律が保たれている、としか読めなかったんだよなぁ…
まりちゃを制裁してもそれがエスカレートせずに、させずに群れがゲス化しないのは凄いと言うべきか、群れの規律を保つためにこの様な存在を必要とするのがゆっくりの悲しい性である、と言うべきかは何ともで。
変な見方になるが、元飼いのまりちゃ一家が来るまではゲスおよび人間に対しての見識も免疫も無かった、とも言えそうなこの群れ、それこそゆっくりと生活していた様に見受けられるが、元飼いのまりちゃ一家および、ゲスは制裁されるというゆっくりにとっては優しくも荒ぶる「神」と同等の存在と化した人間(全ての人間がそういうタイプと勘違いされそうな、もしくは、畑の例で見られる様に利害の一致が無い場合は無条件で制裁というのを認識しているのか)というウィルスを受けて、今後も以前同様ゆっくりとあり続けられるのかどうか…
長の親衛隊が存在する程度には群れの規律や秩序が保たれて、まりさ一家が越してくるまでにも、ゲス個体は間引かれたり制裁されていたのかなぁ…まりさ一家が強過ぎただけで。
しかしここまで権力を握ったまりさ一家、長の座を狙わなかったのが不思議だけど。
あるいは、山好きお兄さんが逆にまりちゃ一家の肩を持った場合、果たしてこの群れは、まりちゃ一家はどうなったのだろうか?(何をどう考えてもあかんと思うが、そのプロセスをですね…もしくはまりちゃ一家の肩を持ったふりをしつつ、結果は同じくまりちゃがうんうん相手に腰振ってる)みたいなアナザーストーリーを…
一方で、まりちゃ一家がまりさ種とれいむ種を全て追放したにも関わらず、その後もまりさ種を受け入れている、というのには一種の安堵を。(害悪種的見地から)
と、色々と妄想が膨らむ作品でした。

「あまあまがくれた未来」(白ブリーフあき)

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れいみゅの退場があっけないし早過ぎる…むしろ、生き残る(生き残る、とは言っていない)のがれいみゅで、うんうん相手に腰振り続けてる方がドン引きだったにしても気分爽快だった気もするし、なまじ真面目なまりちゃ故のこの行為、と考えれば何ともおぞましい光景かとも思うが。
私個人としては、ゆっくりどもが人間の目に見えない場所でカースト最下位のゆっくりに対して何しようが別に構わんですね。
一つ問題があるとするなら、それで味をしめた連中がゲス化して、人間を制裁とか何とかぬかして、となると話は変わってきますが。
連中もコチラ側の直接・間接的な管理状態にある以上、締め付けるだけでは疲弊も早いだろうから、何処かでガス抜きをしてやらん事には、とは思いますが。
群れを長く維持する事に意義があるならばそうだろうし、そうじゃない場合、うんうんどれいを持つ、という余裕すら与えずどんどん締め付けて回転を早くする、というのも当然アリかと思いますが。

「おれんじ」(かみのこあき)

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「ゆっくりと上手くやっていける人間っていうのは、自ずからゆっくりに価値を見出していて、そこに君たちの努力は関係ない。彼らの前では、バッチの色とか関係ないんだよ。そういう人間なら、金バッチだろうと野良ゆっくりだろうと、君らのことを見て勝手に『ゆっくりしてくれる』だろうよ」

「そうだよなぁ」と力強く頷いてしまった。
コレ、別にゆっくりに限ったハナシじゃなく、コメにもあるけど、普通のペットも同じやんと。
ウチのワンコみたく、個体のせいなのか躾のせいなのか、「人間に甘える事ができない」性格で、近頃やっと散歩前に喉元をモフらせてくれる様になったけど、散歩に行く前も餌を待ってる時も、傍を通る時も、大抵はコチラが恐怖感を抱く様な鳴き声で吠え立てるし、下手をするとガブリとヤリかねないワンコだけど(前科あり)、それでも自分はコイツの事は嫌いでは無いし(と言うか、ウチが微妙な時期に飼われてしまったと申し訳無く思う)、自分の飯よりもコイツの餌を第一に考えて…なので、多少食い散らかしつつもガツガツ食って、出すもの出している姿を見るのは安心できるし嬉しいし、コイツが出したモノを自分が片付ける事に抵抗は全く無いし、何だかんだ言ってコイツを眺めてるだけでも結構楽しいし。
今作で言えば、ついうっかり(おいおい…)で障碍ゆんにさせられたぱちゅりーは飼いたいなぁ…結果として無理でした、になるかもしれないけど、せめて品定めの段階で簡単な面接だけでもやってみたい個体だわ…
あるいは、ゲスい個体でも「あまあまよこせくそどれいが」とギャンギャンわめかれても、「あーそうかそうか」と聞き流して加工所製の防音ケースに入れて、「お前、そんなので疲れないか?」と言える程度の心の余裕がある時期だと問題無い気も…結局はコチラが根負けして餡のシミになるか加工所に引き取ってもらう事になりそうだけど。

一方で「そこに君たちの努力は関係ない。」のかどうかは微妙で。
コレが犬猫みたいなのだったらそうなのかもしれないけど、何せ喋る生物…飼い主側が意思疎通できていると思ってしまうのでなぁ。
だからと言ってこのれいむみたいに、ギブアンドテイクをやたらと意識し過ぎる個体だとしんどい気がして、モヤッとした言い方になるけど「ペット然(何だそれ、少なくとも「ゆっくり」では無いな。それだと行き着く先は「おちびちゃんでゆっくり」になるので)として振る舞ってりゃ良いんだよ」としか言えず、れいむはそれをできないとするならば、そもそも飼いゆに向かない…もしかしてバッジ試験に問題アリじゃないか?とか。
ただし主従関係ならばそうだろうけど、(ちょっとあり得ないにしても)同じ立ち位置ならば、確かにれいむみたいなのは成り立つかもしれないけど、それは普通、居候とかではなく、同居人に近い気もする。

このお姉さんに関して、ゆっくりを飼う資格無しと断罪できず、新社会人として都会?に出てきて一人暮らしを始めて飼ってしまったのが間違い…と言うか、タイミングが悪かったとしか思えんのだなぁ。
研修を経て配属されて、終電休出になって、同期との差を見せ付けられて、それでも辞めずに頑張って数年経って小さな仕事を任せてもらえる様になって、というのが今もそうなのか何とも言えないけど(すみませんが自分は昭和の人間なので、そうだったよなぁと懐かしく思いました)、そんな精神的にも肉体的にも多忙な時期にペットを飼うなんてのが間違い、と言うか「とんでもない、自分が会社行って帰って寝て起きて食って、だけで手一杯な時期なのに、ペットなんかあかんで、実際問題、最低限の世話もできてなかったし、『毎日ぐーたら寝てるだけのくせに』とか、幾ら何でも言っちゃァいけないコト言ってるし」としか言えんわ…
まぁ次に飼う事があるとしたら、これを糧にして自身が最悪の時でも、もう少しマトモな立ち振舞をするんじゃないかなぁと…別に御寧惨になった訳じゃないし、多分、御寧惨にはなれない気がしなくも。

ところでチョットした疑問が。
れいむは最期にあれ程固執していた「人間をゆっくりさせる」というのが幻想である事を知るが、ゲス化した姉妹達(家族にはそれがどう映っていたか分からないが、物覚えの悪いおちび程度?)が早々と飼いゆになっていく姿を見て、親子共々アレが本当に人間をゆっくりさせられる…一部の愛好家を除いて…と思っていたのかと。
これが野良だとまた別だが、れいむ達は人間をゆっくりさせる教育を受けているので、野良の様に飼いゆ幻想を持っている訳でも無く、ある程度リアルに飼いゆの何たるかを叩き込まれているだろうし。
それから考えると、れいむがげっとわいるどした理由について、れいむが居なくなる事は確かにお姉さんがゆっくりできそうな選択肢の一つかもしれないし、それは自己のアイデンティティ…立派な飼いゆっくりになる、しかしなれなかったという矜持を保つには良いのかもしれないが、「お前、それは本音なのか?」と疑問の一つでも言いたくはなる…うがった見方だと思うし、「飼いゆになる」という言葉一つで、後先を想像できず思考停止してしまう餡統なのかもしれないが。

「家族のあいどる末っ子れいみゅ!」

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途中の顛末は置いておくとして最期…最後。
全編通じて絵本調の語り口も手伝ってこのシーン、ピクニック日和という麗らかな中、れいむ親子とのコントラストが強烈で、この情景が浮かんでくる様な…映画のワンシーンみたいな…凄く美しいシーンだと思うが…
れいむが我に返り、自責して泣き叫ぶシーンが物凄くリアル…なのかどうかは分からないけど説得力が…と言うより、恐怖感すら。
…以前足りないゆ関連を遡っていた時に既読だったが、感想挙げてなかったので改めて。

「しるしあき」の作品

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一文が非常に短く読みやすい、淡々としている、みたいな。
また、ゆっくりのメンタリティが、それまで培われてきたもの程には逸脱していない作品が多いのが特徴かなと。
一方で場面変換が分かりづらいので何度か読み返さないといけない場面もあるが、文章量そのものが多くないので、じわじわ来るタイプの創作者さんだなぁと。

「紙芝居」

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「野良ゆ殺すにゃ加工所要らぬ、ゆっくりしたゆっくりを三日見せれば良い」みたいな?
三等分れいむは、紙芝居をおちび達に見せなかったのは賢明な選択だと思う。
そのゆっくりしたゆっくりと野良自身の境遇との落差や足掻く姿の描き方、何故だろ…以前だと「うわ悪趣味」だと思ってた気がするけど、凄くゆっくりできた。

「子捨て山」

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何だろ、凄く違和感が。
そこまでゆっくりはおちびを殺める事に良心の呵責を感じるものなのか、そこまで感じるならば、そもそもが産む事自体に自発的に制限をかけたり、避妊する発想に至りそうな…ただしゆっくりはそれらをできないし、今回の子捨ては幾分イレギュラーな要素でゆん口が増加したみたいだけど。
その様な前提でなら「悪魔のような発想」やら悪夢にうなされるまりさ、とかなら納得できなくはないけど…
成体れいむに至っては「ストレスのはけ口だったくそおちび」までの心境は「普通の」れいむならば分かるけど、一方で同族喰いまでに至る境地に達する程、ゲスでは無いという事か?

関係無いけどふと思うのは、ゆっくりの寿命(平均余命)を数年、ゆっくりが数を数えられると仮定して、その間、微増微減しつつもゆん口を一定に保つ…例えば20匹±5匹、というのは、そんなに簡単に長期間に渡り維持できるのか…できそうかなぁ…寿命が短いし、成体までの期間も短いし、常時繁殖期だし、とか?
壮大な勘違いかもしれないけど、姥捨て山の時代は将来の労働力を期待してギリギリ以下の生活でも産んで育てなければ、土地に縛り付けられた小作の現状を維持できない、みたいなイメージ。
対してゆっくりはそのテの縛りは、地域ゆは別にして無いと思う。

「冬の明日」

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ゆっくりに限らず野生の生き物って、動けなくなった時がすなわち死ぬ時だったか。
淡々とした丁重な作品だなぁ、作者さんはゆっくりの視線・気持ちで夜明けを路上観察しながら散策して書いたのかなぁと。
公園のゆっくりも特段ゲスじゃなく、これが普通なんだろうなぁと。
なので、この家族の様な善良寄りの悲惨な話は余韻を残してイイなぁと。
障害を持ったれいむを棄てて群れに入る選択肢もあったかもしれないけど(断られそうだが)、そうはできなかったのが何ともで、愚かとは思えない一方、冬を前におちびを産んだ?

「甘い夢」「夢現」

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せ、切ないねぇ…QNQNするよりも先にその感想が。
分割投稿禁止を逆に利用して、それぞれが独立しながらも一本の作品にうまくまとめたなぁと。

「リセット」

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そこまでおちびに固執する理由が良く分からなかったが、故に野良ゆっくりらしいちゃぁらしい、にしても。
妙にムカムカして読み進めていたのは、番の片方だけが出産する事で、そうじゃなく雌雄同体のメリットをだなぁ…まりさの父親の威厳?知るかよ、嫁の健康とお前の威厳のどちらが重要なんだと。
専業主婦なんてのは、戦後の人口ボーナス期の産物、今時は幻想以外の何物でも無いのに、何故に人間よりも著しく生存環境が厳しいゆっくり如きが、それを当たり前としているのか。
狩りはまりさ専業の方が長い目で見ると食料供給量は多いと思うが、外敵による突然の死亡リスクは高いし、番の片割れがテンプレしんぐるまざーで路頭に迷うよりも、無いよりマシ程度のサバイバル能力が身に付くんじゃないのか。

それにしても、最初の挨拶をする前に考えるより先に手…おさげが出てしまったのが何とも業の深いとは思うけど、暗闇の中やお互い顔を合わせない様に生活してるので、そこはお飾り差別の無い理想の楽園ではなく、根本的には何の解決にも至って無いんだよなぁ…
普通のおちびは無理、異常なおちびのみ生存の許されるであろう環境で、その異常なおちびも外の世界では生きていけない云々で親自らが手を下してと(足りないゆは…まぁ仕方無いかなぁ…)、一体何を求めてたのか…「ゆっくり」なんだろうけど、皆目検討が。
仮におかざりなしれいみゅが生かされたとしても、足りないゆ同様の結末になるのか、ちょっと想像が付かないけど。

「ありすの不思議の国」

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おそらくだがアリスのその先を読者…と言うか自分は所望していると思うけど、そこにまでは踏み込まずに、だからと言って尻すぼみにならず作品として上手にまとめているなぁと。
ところでアリスって元野良じゃなく?
その割には野良の何たるかに無自覚というか、それともありすがおねーさんがアリスを飼った時から見ていたとか。

アリスは結構贅沢な暮らしをしているので「じぶんはとくべつなとかいは」みたいに、野良の生活を見せても、げっとわいるどしそうな気がしなくも。
あ…と言うか、この先はまさか「夢現」のありすじゃぁ無いよなぁ…だとしたら、想像は付くけど一体何があったのか…

「しるし」

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今の時代に露天?のゴミの最終処分場って存在するのか…とは言え、今作は何時の時代の何処とも描かれてないし、コメントにある様に何等かの作品にヒントを得て描かれたかもしれないなぁと。
…と、最初に無粋な事を。

味とカラスと注意すれば回避できるであろう凶器を除けば安定的に食料ゴミが供給される環境下だと、ゆっくりは間違い無くゲス化しそうな。
まりさは傲慢になる、ありすは如何なる手段を用いてもおちびを所持しようとする、れいむはありすやまりさを亡き者にする、ありちゅはれいむやまりさを棄てる、という事も無く。
曖昧な言い方だが常識の範囲を多少逸脱するだけという、善良とはまた違う、ゆ虐にしては大人しめでブレ幅の少ないキャラ設定、妙に人間臭い…ストレスの結果他ゆんに当たる事はあっても凶行に走らず、それでもゆ虐創作小説が成り立つのだと…それは作品のバッジの色が示していると思うし、当たり前だが創作者の筆力の賜物だと思うが。

まりれいとありちゅの仲に割って入るありすの図々しさやれいむの心の機微、あるいは、れいむに続きまりさも後を追ってのおたべなさい…別の創作者の足焼きされたまりさの不幸?な最期を知っているので意外だったが、ありちゅに頼るのを良しとしなかった以上にれいむに感謝していたのか依存していたのか惚れていたのか…
キャラの造形は良い面も醜い面も含めて、陳腐な言い方をすれば、妙に日本人のメンタリティ…現代の若者に理解されず否定されるかもしれないが、そこにじわじわ食い込んで来る、そういう作品だった。

ところでありちゅの独り言、「ぱぱ」はまりさだろうけど、対になる「まま」、個人的にはどうにもれいむには思えず、ありすだと思うんだな、ありちゅはれいむと出会った時に一度だけ、れいむを「みゃみゃ」と言っているにしても。
だからと言って「おかーさま」と、ありちゅはれいむ(or ありす)を邪険にしていないのが個人的には救いで。
一方で、ゴミの中にゆっくりが居ない事を願う、という発想がありちゅに存在するのか、孤独を嫌うゆっくりはその逆じゃないのか、今でこそ溌剌としているがこれからも一ゆんで行きていけるのかと。
これはありちゅ自身の経験から得た知見では無く、れいむやまりさの餡を喰って彼女達の意識を継承した故なのか、そもそもありちゅ自身が棄てられたゆっくりで、幸か不幸か生き残ってしまった事に対する贖罪…こんな場末に辿り着くまでに死んでいて欲しいという願いなのか…生存は街の野良程に極めて困難な場所とはとても思えないが、それは分からない。

「彼岸花」

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もう自分もいい加減いい歳なんで、例えば「ヨイトマケの唄」みたいな、多分、今の時代では通じんのだろね、そういった影響(幻想)を多分に受けてきた世代なので、誰に言うとでも無しに「努力すれば何とかなる」みたいなのがね、皆が皆「有能な怠け者」になれる訳も目指す訳も無く「無能な働き者」である事の尊さみたいなのがね、抜けんのだわ。
そうやって努力してきた世代は後期高齢者となり若者世代からは疎まれ、今作に限らず、飼いゆと野良に代表される貧困格差は現実でもいつの間にか固定されつつあり、そして自分達の世代は上と下に挟まれて嵐が過ぎるのをただ待つだけ、みたいな。
ゆ虐のそういったトコロが現代社会を生きる若者のメンタリティの投影でもあり、故に共感を得るのかなぁと大上段に思いつつ、一方でだからと言って夢物語は他のメディア、アニメ・漫画・ラノベなどで満たされてるのかなぁと。

「(半)野良ゆっくりだから」がFAではあるのだろうけど、人間が飼いゆのために人為的にゲットー作って生かさず殺さずなので、非道いハナシではあると思うけどね、だからと言って野良に同情するのも大概だけど、飼いゆを育てるのもこれまた大概だなぁ、そこまでして飼いたいモノなのかねぇ、飼いゆのゲス判定装置と考えれば充分機能しているのかなぁと。
…とか思いつつも、ありすのささやかな矜持がね、何とも野良の意地みたいな。
ただ、彼岸花は有毒性…球根はそうだけど、花はどうなんだろ、もしかしてありすはうんうんおちび達に最期の情けをかけてるのかなぁと…あ、いや、ぱちゅりーが花は食料と認識しているので、そうじゃないか…

それはさておき、今作のありすの「向こう側」に対する見解が、「れいむは女王様」(三つ子あき)に対する、一つのアンサーになってるのかなぁとこじつけてみたりと。

「分かれ道とその終着点」

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どれだけ足掻こうと無駄、というのが今作のテーマとの事なので、まりちゃや子ちぇんはさすがに可哀想かなぁと。
実際問題、おうち周りのモロモロの雑務やおうち宣言を避けるため子ゆんとはいえおうちに一ゆん残すのは全く無意味では無い気もするので、三ゆんで狩りに出るのではなく、メンバーを固定化せずニゆんでローテーションを組めば良かったのか、そもそもれいみゅ自身に狩りに出るという意思・志向が無かった…多分コチラの気がするが、まりさを奴隷にしておちびを売ゆん婦にするしか脳の無いでいぶがれいみゅのロールモデルであろうから仕方無いか。
あるいは番の形態として、ニゆんではなく、三ゆんというのもアリじゃないかと思うが、さすがにこれはテーマから逸れてしまうのか、ちょっと馴染みが無いのか…
確かに、孤児を集めるだけ集めて何の教育も施さず…これは余裕の無い群れでは仕方無い気もするが、その後群れから追放という、野生ならともかく野良にしては中途半端過ぎる長ぱちゅりーの対応には疑問符が付く。
これだとまだ孤児を集めて即、うんうんどれいにした方が…どうせ各家族がそれをするくらいだったら、群れへの見せしめにもなるし、余興にもなって良いんじゃないかと思うが、テーマが膨らまないからなぁ…
対するみょんを筆頭とする路地裏の野良達にとって、ひいては公園の群れにとっても、長ぱちゅりーの施策は大迷惑以外の何物でも無いが、長ぱちゅりーの公園の群れとの力関係で今はみょんはそれ以上手を出さないのか、これまでの件も含めて大義はあるのでいずれ制裁されて乗っ取られそうな気がする。

「おはじきれいみゅ」

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必殺仕事人みたいだなー
ところで母れいむの母性?子育て能力って怖いなぁと。
仮にもれいぱーの子をまるで我が子の様に…我が子には違いないけど、接してた訳でしょ…これでも情が沸かないのか、沸いてるのを偽って、将来どうなるか分かっている里親に子を売るって、ある意味凄く打算の生物だなぁと。
で、なぁ、ぱちゅりーさんよ、「ゆっくりごろしはゆっくりできないゆっくりのやること」だとすれば、母れいむの怒りは何処にぶつければ良かったのかとは思うけどなぁ。
しかもれいぱーをのさばらせていた訳だろー…あ、もしかして、母れいむの偽証?
更に、まりあり一家が制裁された理由が良く分からんなぁ。
読者は事情を知ってるのでそう思うのかもしれんが、少なくともまりあり一家がれいみゅを殺した訳でなく、むしろこの事案だけに限って言えば、まりあり一家は被害者じゃないのか。
そこでアタマをもたげてくるのが、どれいの存在で、この群れの掟は分からんけど、警察などの権力をバックとした暴力装置が民事不介入…ゆん事不介入なのか、しかしれいみゅの里親のまりありは、以前にもどれいを飼っていて死なせてるみたいだし…
その辺、れいぱーという存在(母れいむの偽証の可能性ありだが)もどれいを持つ事にもお咎めは無く、どれい…おかざりなしには人権…ゆん権が与えられない群れなのかもしれんなぁ。
あるいは単純に、れいぱーやげすを武力で打ち破るだけの、統率されて組織だった暴力装置が無いだけなのかもしれないけど。
れいみゅに関しても微妙で、まりちゃへのれいぽうは、母親になりたかったという欲望がそうさせたという事?(言わせるなよ恥ずかしい)
これ…何もまりちゃじゃなく、親だったらおちびが生き残っていた可能性もあったのではないかなぁと…サイズが合わないとかお下劣ですがそういう問題? まりちゃへの復讐の意味合いもあった?

「我が世の春」

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事の顛末が分かった時点でブハッ!と来て、「あー、まりちゃ、れいみゅ、ホント、運が悪かったねぇ、いやー残念残念」と大爆笑な上げ落し。
これ、れいみゅやまりちゃが人間に関わった時点で〆られるか(普通コレ)、人間のおちびが親バレした時点で即ゴミ箱行き・加工所引き取り、ってのが一番良い結末だったんだろうね。
ま、でも、この飼い方だと、翌日には立派な二ゆんのゲス(既に徴候があるし)、その数日後にはその予備軍がたっくさん、人間のおちびが早々に音を上げ、再び野良に戻る、あるいは「無かった事にする」ために放置で共喰い・餓死、あたりが既定路線としか。

「目を開けたまま夢を見る」

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いやはや何とも。
何とも、ありすの良かれと思ってやる事なす事が全て裏目に…と言うべきか、無自覚に引き金を引いていると言うべきか。
そして責任転嫁のオンパレード、そういう面では金バッジ程ペットの何たるか難たるかを弁えておらず、銅バッジ程馬鹿じゃない、という面では立派な銀ゲスだなぁと言うべきか。
しかし良く分からんなぁ…
ごみ収集日の情報提供はビジネスなので、その先に何があろうと(とばっちりを食う可能性もあるにせよ)ありすの責任の範囲外というのは分かる。
それに対して、ありすの実子に対するネグレクトとでも言える行動や、まりちゃやれいみゅとの接し方がなぁ。
ありすから見て、まりちゃはおねショタ的な意味も含めて、ゆっくりを媒介としたビジネスかもしれないけど、まりちゃから見た場合、どう捉えていたのだろうね。
そういう面で、ありすは母性に欠けるというか、女性のままで母親になれない…と言うと某警察が踏み込んできそうだけど。
まぁ、そんなイメージで、食糧難は野良だから仕方無いにしても、例えば虫や雑草は、ありす本ゆんが食べれなくとも、ありすのおちび、まりちゃ・れいみゅは食べれるだろうけど狩らないと、変なこだわりなのか美意識なのかを持ってるのがなぁ。
まさかそれが「とかいは」な行動だとは思えないけど。
お兄さんに関しては、虐待前提なので合点が行く気もするけど、その割にはねちっこいと言うか執拗と言うか…爽快感ではなく恐怖を感じるなぁ…筆力の賜物かもしれないけど。
現実でも、その人が好き・嫌いに関わらず、関わるとロクな事が無いという何とも相性が悪い人が居るけど、そんなありすだったなぁ。
何ともモヤッとしたけど、単純な勧善懲悪とは言い切れず、ちょっと入り組んだ因果応報をきっちり描き切っていたのは面白かった。

「えいゆんまりさの凱旋」

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最初に世知辛い事を言えば、飼い主さん、野良を放置云々だろうけど。
でも自分もこの飼い主さん同様、ゆっくりは庭で飼うのがベストかなぁと。

それにしてもうまいなぁ…色々と。

ちょっと違うかもだけど、時系列を適度にバラしてるし。
冒頭が今現在、本文がそれまでの過去、結びが冒頭の続き。
トドメに、冒頭と結び目に同じ文章を持ってくるのも、分かってらっしゃる。
他によく目にするのは、冒頭と本文は今作同様、起承転結の転辺りから冒頭の続きとか。

それと、ゆ虐創作小説の場合、オレみたいなひねくれた輩が多いのだろうね。
どうしても設定や説明を書き込んでしまうけど、それを大胆に削除してるし。
端的には本文最後、えいゆんまりさが何を為したのか、風体と戦果だけで語る凄さ。
奇しくもえいゆんまりさの母親程ではないが、右側を失いましたか。
それにしてもこの凱旋のシーン、妙な凄みがあって絵になるなぁと。

ところで、えいゆんまりさは同族喰いの禁忌を犯してる大罪人…大罪ゆんではある。
それなのに、最後にえいゆんの矜持を身を持って示しやがりますかと。
でもまぁそんなモンだろうね、まりさ種の言う「えいゆん」なんてーのは。
世界がひれ伏すだ何だとわめこうが、できる事はせいぜいがこの程度で。
それも普通のまりさなら、立派なえくすかりばーを持つみょんに返り討ちだろうけど。
しかもゆっくりの規範から見れば、れいむやみょんの側に何の落ち度も無いし。
それでも、口先だけでえいゆんをわめくまりさの何倍も格好良いぞ。
ついでに、まりちゃの頃から嘘を付き通していた後ろ暗さも払拭したしなぁ。

途中、えいゆんまりさが飼いゆまりさと入れ替わる、野垂れ死ぬかハラハラしたけど。
前者に関して、それは無いにしても、同居の要求ぐらいはするかと思ったが。
それやっちまうと、良くて出禁、普通なら飼い主におちびもろとも制裁かなぁ。
上手く事が運んでも、なし崩し的に番になり(ウホッ!)、おちびの立場がが微妙になるし。
そういう面でも、おちびだけを飼いゆにするとはストイックなえいゆんだなぁと。
あとは、飼い主の具体的な登場無しで事が進むかと思ったが、それは難しかったか。
とは言え、非常に重要なネタバラシだけの最小限の登場しか無かったけど。

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  1. 1. あとがき
  2. 2. あぶすとらくとさん
  3. 3. ゆゆ?ここにゆっくりできないにんげんさんがいるよ!
  4. 4. 漫画
  5. 5. 漫画(渋)
  6. 6. 創作小説、いんでっくす
  7. 7. 創作小説、その1
  8. 8. 創作小説、その2
  9. 9. 創作小説、その3
  10. 10. 創作小説、その4
  11. 11. ゲーム
  12. 12. ゲーム:「ついほうしゃさん」をプレイして
  13. 13. 妄想篇
  14. 14. 結論めいた