【閲覧注意】「ゆ虐」というジャンル

あとがき

いきなりですが。

  • この投稿は「ゆ虐創作」ではなく、それらを元にした「どくしょかんそうぶん」です
  • このセクションは、時系列としては、この一連の投稿の一番最後に書いています
  • いきなり「あとがき」から始まっているのは「後述する論説を読んだ方がええで」であり、ある意味この投稿の意義…そもそもそんなモノは元から無いけど…みたいなものが無くなったに等しいと認識しております

一つの論説を巡る衝撃

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「餡庫史におけるプラチナバッジの傾向と変遷 ~帝都メソッドを中心に概観する餡小話~」(モヒあき)という作品?論文?論説?がある。
この論説を吟味できる程自分は明るくないが、この論説とここで挙げられている作品、特にゆっくり虐待のリアルでの歴史的な経緯が分かる…と思われる「れいむとゆっくりの歴史_ver1.6」と、そのコメントが非常に興味深い。

自分は以前、ゆ虐創作小説の傾向の調査をやってみたいと思った。
データ収集は技術的におそらく可能という程度の目星はある。
しかしそれを行う事はトラフィックの無意味どころか悪質に属する類の増加になりかねず、下手をすれば「不正アクセス行為の禁止等に関する法律」に該当しかねないので行わないし行えない。
プログラミングでの自動化じゃなく手動で行う?まさかまさかご冗談がキツイ…APIを公開してたら別だけど。
仮に、スクレイピングしました1 、小説本文含めて語句の辞書作りました、まで行ったとしても、そのデータの塊から自分が何を読み取れるか?何を可視化できるか?というデータ解析のセンスがあると思えない事や、自分にできなければみんなで、という事でじゃぁそのデータを公開して、なんてのは言語道断だし。
更には、ゆ虐創作小説が独自の進化?深化?を遂げているとしても、漫画やゲームなどの他メディアとの相互作用みたいなモノがあるのかどうなのか、という仮定を検証するための情報をパラメータ化できない事もある。

その様な中で、一本の道筋を示された事に感謝している。

それでも強いて言えば

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既に8,000作品以上?存在する創作小説の中からプラチナバッジ作品をメインに持論を展開した事は良い選択だと思うし、「古典派」2 「新古典派」3 「帝都メソッド」4 の様な分かり易いネーミングも良いと思う。
自分は、例えばタイトル・創作者やバッジの有無、評価やコメントの多さなど目に付いた作品を作品登場の時系列に関わらず読み漁ったので、この論調の検証には非常に時間を要すると思う。
のではあるが、未来に目を馳せる事はできる。

…の前に、漫画と創作小説とでは、読者の好む方向性が乖離しているのでは?と思う。
漫画の場合、「古典派」「新古典派」が多い様に思うのは、もしかしたらビジュアル面での印象が強いからかもしれないが。
とは言え、例えばゆっくりを潰す、というコマ一つ取っても、架空の生物を如何にリアルに描き、それを読者に納得させるか?という命題は、それなりに練習しないと描けないと思うが。

話を戻し創作小説に関しては、「古典派」「新古典派」とネーミングされた以上、やはりどうしても芸術・文学・音楽・経済学などを彷彿させるので、その方面からの歴史的なアプローチが考えられる。
…その分野に詳しければ…つまり自分は無学無知なので何とも…
ぱっと思い付くのが「近代派」「現代派」「ポストモダン」みたいなコトバだけど、それが「帝都メソッド」に該当するのかどうか…
ふと思ったのが、ゆ虐創作小説における「古典派」「新古典派」への回帰…も何もマクロ的な傾向を調査していないので何ともだが、プラチナバッジ作品を除き実はコチラの作品がメインでした、みたいな結果が得られるかもしれないけど。
出尽くした感がある「古典派」「新古典派」との事であるが、やはりどうしても「帝都メソッド」は読後感が、と思う層は居るだろうし、自分も今後こういう傾向の作品ばかりになると、「重い」という気がしなくもないし、仮に新規参入しようとしてもそこに帝都メソッドが存在すると、物凄く高いハードルになるのではないかと思う。
それ故に自分の願望が多分に含まれるけど、何かが突出して別の何かが衰退して、では無く、様々な派が乱立してそこそこ人気を得ている百花繚乱な状態が良いのかなぁと。
他には、他ジャンルでの作品・コミュニティ含めたマクロ的な動向と照らし合せて、だけどコチラも無学無知なので何とも…

自分の場合

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詳細は後述するが「ゆっくりゲーム実況」を作るにはどうするのか?の情報収集からヒットした「ほんとうのしあわせ」…見なかった事にしてこの件は終了。
…だったのをTwitterで某キャラへの暴言ツイートが話題になった際に「ゆっくり虐待」という言葉を知り、以前見た「ほんとうのしあわせ」がそれに該当するのかと認識。
あとは芋ヅル式で当初は漫画から入り、ゲームを知り、特に創作小説は色々と深いなぁ、興味深いなぁ、だった。

目新しかったからだと思う。
虐待する側とされる側、特に虐待される側の的外れとも言える言動…両者の間もだけど、特にされる側のゆっくり達の中…親子・姉妹・群れなど内部のディスコミュニケーション、とでも言うか、そういう認識のズレが、自分の知る数少ない作品・ジャンルと一線を画していると思ったので、ここまでのめり込む様になったのではないかと。
自分の認識では、様々な作品の虐待パートにおけるゆっくりの言動は、今時のギャグ漫画でも見ない様な展開してるなぁ、お約束の域を通り越してるなぁ、だったのでそれが逆に新鮮だった。

また、どちらかと言うと創作者目線に立っていた気が…特に創作小説では、「なるほど、こうくるか」みたいな、謎解きの面白さ、(独自)解釈・設定の面白さ、みたいな。
一方の側の読者は、各所のコメント欄などを通じての双方向コミュニケーションが成り立っていたのか、そうでないのか判断はできないが、少なくともそれまで無かったジャンルをここ10年で創り上げてきたのは事実な訳で。

虚言かましてよかですか

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「ゆっくり虐待」の出自自体は、「東方」の二次創作…とも個人的には思えず「三次創作」である気もするし、「○○虐待」というジャンル自体も過去から連綿と繋がる虐待モノ・リョナ系の亜種なのかもしれないが。
そういう経緯を知らないクセに傲慢かますと、その時々に中心となる作品(創作者)は存在したと思うし、ポータルとなるサイトは存在しても、特定の誰か、何かが核になりジャンルをコントロールしていた訳でも無い…事も無いかもだけど、例えば「伽藍とバザール」のバザール型でも誰かがコントロールなりをしないと消滅したり分裂するのに、ゆっくり虐待を始めとして…他は無学なので知らないけど、ある意味究極のバザール型なのかなぁと。

…それと、様々な作品を読み、コメントも読み、作品のメタファを考え過ぎたり行間も変に読み過ぎて、反発覚悟で言うと「今の若い子は色々としんどいんだなぁ」と。
いや、全く分からないけど…創作者も読者もいわゆる「失われた20年」と、これから先もそれをマトモに食らう世代が中心となっているのかどうかさえ…自分はバブル世代に属するので余計に…大変そうだなぁと…
ゆ虐という世界観が、どうにも今の若い人達が抱える様々な問題をメタファにしてるとしか思えず…

大袈裟に言うと、現代思想のネタになるんじゃないの?と。
例えば「ユ○○カ」で扱われても不思議じゃない気がしている。
…のだが、以前は主にネット内での炎上が多かったけど、ここに来て(2016年5月中旬)、以前にも何度かあった模様だけど改めてリアルの場へ飛び出そうとしてるのかそうでないのか、それが良い事なのか悪い事なのか何とも言えない。
自分が、ゆ虐同様、ウエーブに乗り損ねたエロゲにしても、メジャーシーンに上り詰めた例は枚挙を厭わないのだが。
…のだが、創作側が基本的には身元を隠しているので難しいと思うが、作品とそれが創作された背景を丹念に読みほどくと、何かとてつもないモノがあるかもしれないしそうでないかもしれないし、しかしながら自分はそこまで知識の蓄積も洞察力も何も無いので…肩の力抜けよ俺。

次ページ以降

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いずれにせよ、この先からは余程時間がある人向け、と言う事で、さして重要でも無いモノに対して、さもこれは重要な何かを含んでいるっ!みたいな冗長性のある文章に仕上がっている。
この投稿自体の初出が2015年9月で、以降目に付いた作品の「どくしょかんそうぶん」を随時追加、そして先の論説を読み、このセクションを追加しているのが2016年5月であるため、論説で認識が変化したり、新たな視点が加わったにも関わらず、以降のセクションは記載内容に一貫性が無く、特にアップデートするつもりも無いので。

Menu of this post

  1. 1. あとがき
  2. 2. あぶすとらくとさん
  3. 3. ゆゆ?ここにゆっくりできないにんげんさんがいるよ!
  4. 4. 漫画
  5. 5. 漫画(渋)
  6. 6. 創作小説、その1
  7. 7. 創作小説、その2
  8. 8. 創作小説、その3
  9. 9. ゲーム
  10. 10. ゲーム:「ついほうしゃさん」をプレイして
  11. 11. 妄想篇
  12. 12. 結論めいた

Footnotes

  1. 1. 単純にwgetcURLではなく、PhantomJSみたいなモノで、かつ、POST変数やCookieを引き回さないとダメかと思う。

  2. 2. 『特徴としては、「いらいらパート」と「すっきりパート」のふたつの部分で構成されていることであり、ジャンルとして「虐待」「虐殺」「制裁」に顕著である。』…上記論説より。

  3. 3. 『「ゲスは制裁、善良は愛でる」ということである。物語自体の構造としては古典派と変わることはない。この観念は現在においてもあるいは主流の可能性がある。虐待設定の中で愛でられるゆっくりは物語の装置として格差を生み出した。』…上記論説より。

  4. 4. 『「明確な虐待描写が存在せず、絶望感と閉塞感が物語の通奏低音として流れている」「長編」「明確な解決が存在しないまま話が終わる」という3点から成り立つと考えられる。』…上記論説より。具体的には2015年1月1日に投稿された「お帽子の中から見た世界」が該当。