太陽のすずねぇ ・月の深雪 が例えばそうだとしたら、ブラックホールだよ、彼女 は。
フツーならば文字だけ追っかけてボイスなんか聴かないのに、まじまじと聴いてしまった、彼女の慟哭のシーンは。
その彼女の心の底からの叫びと共に流れていた鶴由雄 のピアノソロの淡々とした物悲しい曲、”A Road To Walk Alone”、”The Night That Considers”* 、これは効く。
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「あの夜だってそう。抵抗しようと思えばできた。まだ姉ちゃんの方が身体、大きかったもの。大声出して、父さんや母さんを呼ぼうと思えばできた。しなかったの。……したく、なかった……」
「なんで……?」
「……抱かれてしまえば……あんたは離れていかないと思った。身体でもなんでも、涼が姉ちゃんのこと求めてくれるなら、そうしたら、繋ぎ止めておけると思った……そのためなら、身体くらい好きにさせていいって……違う、ほんとうは抱かれてしまいたかった。あのとき本気でそう思った! 姉弟なのに……姉弟なのによ!?」
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「……父さんと母さんが死んだとき、私がなに考えたかわかる?」
「悲しかったわ。後悔した。自分を殺してやりたくなった。でも……でもね、頭のどこかで『ああ、これで涼と引き離されなくてすむ』って考えてる自分がいた。
……最低だ、私……
弟のこと好きになって、抱かれて……それで、親が死んでも、一緒にいられるのが嬉しいなんて……人間じゃないよ、こんなの……」:
キツいわ…ヒトによってはキモいとも言うけど…多分大多数はそうなんだろうけど…
このシーン、彼女や主人公に同化する、というよりも客観視、引いて見ている、しかできなかったけど、ともかく胃に堪える。
おそらく、今までの煩悩系の中で一番印象に残ると言うべきか凄まじいと言うべきか、ともかく形容し難い、そういうシーンだった。*
今更ながら一色ヒカル って凄い…
なので、何か一番凄いモノを見てしまった、出会ってしまった気がするので、これを機に煩悩系から足が遠ざかった。
多分、自分の中ではこれ以上の作品に出合う事は無いだろうな、と思った。否、あるかもしれないが、にしては探すための時間が無さ過ぎる。
何て言うのかなぁ、Crescendoが官能小説だとすれば、他のはみんなホント、軽く思えてきて「ああやっぱり自分は古いタイプの人間なんだなぁ」と。
さて。
雪影 が、いかにCrescendoに影響されたのか* 分かった気がした。あやめから毒気を抜いてものすごーくマイルドにすると深雪になる。また、雪影のところどころのシーンやセリフにもCrescendoを感じる。
けど、深雪にもすずねぇにも無く、あやめにあったのが、あの壊れっぷり。これは凄い。よくまぁこういう本編はともかく、アナザーを追加しようと思ったもんだ。
本編だけで終わってりゃ綺麗に締められたのに、敢えてあのアナザー、と言うかアフターを持って来たシナリオライター&スタッフの英断に拍手。…いや、アフターもまぁそれなりに綺麗に閉じてますので* 念のため。
作りが古いのでUI的にはちょっとキツい。例えば、バックグランドで処理が止まってしまうのは意外とキツい。
それと、多分自分的には全画面テキストのボイス付きって* 初めてじゃないだろうか? そういう面では、ここ10年で最大の変化 だと思った。*
でもまぁ…オレ高校の卒業式前後の事どころか、卒業式自体全然覚えてないし。卒業したんだよなぁ確か。
でだ。
このノベルの70%強は、あやめから成り立ってるのだが、残り30%はセンセーだろうかと。
あーヘタレとかゲロとか居たんですがあんまり記憶に無い…5000円は「ええ話やな」と思ったけど、どんなストーリーだったか思い出せない…
正直なトコロ、あやめの「バカ」ってのは、結構ムカっと来るのだが、センセーの「阿呆」は笑って済ませられるとでも言うか。
それにセンセー、あんたオレを悶え殺す気ですか? みたいなカンジでかなり反則な女性ですな。
実際彼女のシナリオはマジメはマジメだけど、見合いのシーンは笑えるし* 、あやめとセンセーの二者会談って、本人達は大真面目なんだろうけど傍目には涼を巡る痴話喧嘩にしか見えないし…なんで、「ここ、マジメなシーンなんだから…あかん、笑ってしまう…」だった。
この様にあやめにもセンセー並のユーモアのあるシーンがあれば、また、事情が変わったのだろうけど。
かちぼし サンのレビューを見て、気になったので「一体どんなのだ?」というコトでちょっと。ちょっとコレは…煩悩系の枠だけで捉えられるのは、あんまりな気がする…
2008/09/07 Tumblrへのアップ
2007/06/17 はてなにアップ
2007/06/12 加筆修正
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